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東方逃現郷
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一歩、また一歩と歩みを進めながら――。恐らく、幻月を知る誰もが……。 幻月の何一つ知らないことなどない半身たる妹と、「そうなった」幻月を見たことのある二人の人間を除けば、耳を疑うような声が、発される。 ・・ 「ライゼスが……、わたしが、守るって誓った子が、「また」、泣いている……」 それは、地を這うような声。抑えきれぬ憤怒に満ちた怒りの声。 ――その声を聞いた誰もが、びくりと幻月を振り返り……。だが、その誰もが幻月の言葉の意味を理解することはできなかっただろう。 何が「また」なのか。 そも、ライゼスは涙など流していない。まるで祈るかのように鋤を握った両手を合わせているだけで、そのどこにも涙は見られない。 「ま、待て幻月、今の状態では――!」 いち早く我に返り、ほとんど意識が朦朧としているのだろうと判じた慧音が、慌てて幻月に制止の声を投げかける――が。 逆にその言葉が引き金であったかのように、幻月の身体が、それこそ幻のように掻き消える――、少なくとも誰の眼にもそう見えただろう。 その実、幻月はその一瞬の間に、自身が果たすべき目的を達成するだけの距離を削り取っている。 どんな理屈か能力か、ただの農具を持って襲い来る触手を切断たらしめただけでなく、そのまま雲散霧消までさせたライゼスと、妖怪の間に身を滑り込ませている。 「――幻月……?」 ――恐らく、覚悟していた「その瞬間」がいつまでも訪れないことを怪訝に思ったのか、怖々と目を開いたライゼスの目に、それまで倒れていた背中がある事はどのように見えたのだろう。 そして、それまで丸腰だった幻月の手の中に握られた、「魔力だけで構成された」その槍は。 ライゼスがどんな結論に至ったのか。それを言葉として発するよりも早く、怒れる虎の咆哮にも似た……つまり、それを発した幻月にはあまりに不似合いな怒声が、場を揺るがす。 「……誰だ――、ライゼスを泣かせたのは……!!」 「い…いけない! お前なら気付いているだろう、その子は…その子は!」 ライゼスの事を指しているのではない、慧音の庇護する者の身を案じる絶叫が響く。 ――直後、渾身の力を持って繰り出されたその槍の一刺は、さながら先ごろとは真逆の結果をもたらすことになる。 先程は為す術無く貫かれるだけだった幻月が、今度は真逆に実体のない妖怪の身体を一息に貫いている。 挙がるのは、声なき絶叫。幻月のように精密に構成されたわけではないその仮初の身体は、巧みに、緻密に編み上げられた幻の槍の一撃を持って、今度こそ完全にかき消される。 ……あとに残るのは、まるで怯えるように身を竦める小さな狐の妖怪が一匹。あれ程の大身槍に貫かれたにも関わらず、その身体にはかすり傷一つついていない。 幻月の槍がもたらしたのは、実体なき身体を掻き消したことのみで、力なき妖怪に深手を負わせることではなかったのだと察し、慧音が安堵したように大きく息をつく。 ――それを持って、自分の役目を完遂したと判断したのか……はたまた、身体が限界を迎えたのか。 手にしていた槍が構成を失って音もなく崩れ去るのと同時に、幻月の身体はまたも、糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
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