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東方逃現郷
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「うぐっ!」 歯を食いしばったアイリスの側頭部を打った拳は、そのままアイリスの華奢な体を吹っ飛ばし、近くの民家の壁へと叩きつけた。本気で当てるつもりはなかったのか、吹っ飛んだアイリスと己の拳を見比べて困惑する青年。 そんな青年を無視してフラフラと立ち上がったアイリスは、再び妖狐の前へと戻ると、両腕を広げて立ち塞がり、それには青年だけでなく村人たちも戦慄して言葉を無くす。 「私はただ事実を言っただけ。それに逆上するってことは本心では自覚があるってことでしょう?」 村人が怯んだ隙にたたみかけるように言葉を重ねるアイリス。彼女の脳裏にあるのはただ一つ、晒される敵意を全て自分が受け止め、後ろの妖狐やこの村に住むしか道がない弱い者たちを守ること。幼い頃から予知夢を見ることができ、人の悪意と悲しみに敏感な彼女にとって、見知らぬ妖怪だろうと見捨てる理由にはならない。 「この! 言わせておけば、世の中も知らないようなガキが調子に乗って!」 「そうよ! せっかく助けてあげようって言うのに生意気だわ!」 一度は怯んだものの、アイリスの態度を許せない数人からすぐに新たな罵声が浴びせられ、その側で幻月が再び力尽きるように膝を付き、ライゼスがどちらに駆け付けるべきか判断できずに立ち尽くす。――手を叩く乾いた音が響いたのはそんな時だった。突然の横槍にその場にいた全員が口を閉じ、音の発生源へと向き直る。 「話は大体聞かせてもらいました。つまり、妖怪たちが別の安全な場所に新居を構えることができればいいわけですね。ならば妖怪たちのことは私が引き受けましょう。万一、人里に住む妖怪が悪事を働いたのなら、その責任は全て命蓮寺が取ります。それでも不満のある方はいますか?」 そこにいたのは白と黒のワンピースドレスに身を包み、唐笠帽子をかぶった女性。村人たちとアイリス、双方に微笑む彼女は聖白蓮。人里を守護する命蓮寺の僧侶であり、ここ人里においてもそれなりの影響力を持った人物だった。 聖の問いかけに村人たちはみな、各々目を見合わせたりするだけで、先ほどまでのように文句を言ったりする気配はない。 「――異論はないようですね。ではそのように。……貴女、お名前は?」 村人たちが口をつぐんだことを確認すると、聖はアイリスへと歩み寄る。その顔には慈母の様な笑みが浮かべられているが、その微笑からは彼女が何を思っているのか窺い知ることはできない。 「……アイリス。アイリス・シフォン」 「そう。アイリスさん、ありがとうございます。その子、それに村の妖怪たちのことを守ってくれて。ですが、貴女には力がありません。たとえ貴女がどれだけ正論を言ったところで、力を持たなければ簡単に力で覆され、身を滅ぼしてしまいます」 聖の言葉にアイリスは言い返す言葉を持たない。しかし、彼女にはどうしても力に対する強い忌避感があった。 薄くなったものから、はっきりと残るものまで。彼女の体に刻まれた数多の傷跡は、予知夢を覆そうとして無茶をしてきた代償。それらの痛みを知っているからこそ、アイリスは自分の体が傷つく事に対し何の痛痒も感じない代わりに、他者を傷つけることへの強い恐怖を抱いている。 「力は力です。それを振るう者によって善にも悪にもなる。貴女たちなら正しい力の使い道を見つけてくれると信じていますよ。……では、皆さんも命蓮寺へいらっしゃい」 聖はそのまま幻月の方へと歩いていく。自分も続こうとすると、クイッと裾が引かれた。振り返ると、妖狐が不安そうにこちらを見上げているのと目が合う。 「ごめんね。怖い思いさせちゃって。でも、もう大丈夫みたいだから。君は……お母さんとか、一緒にいるの?」 首を横に振る妖狐。これだけの騒ぎだ。もしいるのであれば、もう誰かしらが近づいてきてもいいと思うが、そんな気配はない。本当に一人なのだろう。 「……そう。……一緒に、来る?」 妖狐へと手を差し伸べる。成り行きとはいえ、ここまで関わってしまったらもう、この子をそのまま見放すことはアイリスにはできなかった。 「……うんっ!」 果たしてアイリスの胸へ飛び込んでぎゅっと抱きついてくる妖狐。その二人の様子を聖が横目に見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。
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