いらないもので溢れていて、手元になくても困らないもので囲まれていて、それらを足元に積み上げて踏みつけて、壊れていることにも気づかなくて。
大事だって思えるものはなかったし、電車の窓から通り過ぎる景色と同じで記憶にも残らない、そんなものしかない。
うん、何もなかったのにね。お前だけは見えちゃったから。他の何かや誰かなんてどうでもいいよ。お前だけがいる。
卒業して二十歳になったら結婚しようってさ。夢物語みたいなことを本当に思ってるし、実際にできるかどうかわかんなくても、したい、しようって思ってるしってことで佐条に言った訳で。めちゃくちゃ怒られたけど冗談なんかじゃなかったんだよ。ほんと。わかりにくいかもだけど。俺より数倍生き難さを感じながら過ごしてきただろうし、そういう神経の細かい繊細なところとか、かと思えば頑固なところとか、ひっくるめて佐条がいいって。俺よりもっと上手に佐条を支えてやれる誰かがいるとしても、それでもやっぱその役目は他の誰でもない俺がいい。そんなワガママ。何を思ったって最終的には泣くのも笑うのも佐条がいい。それだけしかない。
生き残りにかけちゃ隊の中の誰よりも運がいいって思ってますよ。当時の平均寿命にしては珍しく長生きしましたし、そこそこ色んな経験もさせてもらいましたし。だからって訳じゃないけど、時々マスターちゃんのやり方見てると危なっかしくて仕方ないっつーか……まぁ、無駄に命削ってんなとは思う。そんでも俺はマスターちゃんがマスターちゃんで在る限り、己の誠でマスターちゃんの剣になろうって決めた訳でね。死線を潜り抜けた後のことなんざ、芸術家だか発明家だかの姉ちゃんに任せておけばいい。一仕事終えた後に食うコロッケ蕎麦、最高に美味いでしょ?マスターちゃんはそういうもんをもっと知るべきだし、噛み締める時間くらいあっていいと思うのよ。声掛けてくれればいつでも一ちゃんが付き合いますよ。勿論マスターちゃんの分くらい慎んで奢らせてもらおうじゃない。……だからさ、腹一杯食った後はちゃんと布団の中で眠って、明日どうやって生き残るかは明日考えりゃいい。そんでもどうしても駄目な時は、僕がどうにかしてマスターちゃんを生かすから安心しな。要は眠る時まで余計なこと考えなさんなってこと。
「侵蝕者を見るたびに何かを感じないか?」
「自分の知っている誰かに似ていると思ったことは?」
「自分に似ていると思ったことは?」
「今この身を持たなければああなっていた可能性は?」
「それを考えてしまったら、大義や正義はどこにある?」
「そんなもの、後の人間が勝手に決めることだ」
「正義の反対はまた別の正義だろ」
---
「所詮創りものの器よ」
「ひとならざるものよ」
「土に還るのではなく、本に還るのさ」
「百鬼夜行の類いか何かか」
「それは彼らがデスカ?我々がデスカ?」
「さあてな。アンタはどう思う」
「自分の亡霊に取り憑かれている」
「闇の女よりもタチの悪いこっちゃ」
---
「正解なんて結局ない」
「正解はなくても良解はある」
「創りものでも概念でも、昨日も今日も酒が美味かった、それでいいんじゃないのかね」
---
「もしも今の僕が死んでもすぐに次の僕がくる」
「でも今を共有しているのは今のアンタだ、替えはあっても代わりはいない」
「同じ僕でも同じじゃないというのかい」
「もっと単純な話さ」
色々思っても少しずつ忘れていく。色々あってもすべて通り過ぎていく。忘れるってニンゲンに備わった便利な機能なんだって。全部覚えていたら耐えきれなくなるから忘れることは防衛本能で休むことにも繋がる、とかなんとか。
そうやって守ることばかり上手くなって、いつか大半のことは忘れるんだろう。忘れたくないことも忘れて、あの時のアレなんだっけな、みたいな。まぁ俺がそういう風に思い出そうとするものがあるかっていわれたらまた別なんだけど。どうしても忘れたくないものはどうしたらいいんだろうね。