日記一覧
267.勝手にアイス食うな。
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67 :月島蛍
2020/05/09 01:23



〆 長生きしたい


僕の心拍数は常に早い。それに比べてあの子はすごくゆっくり。脈の測りっこをしたことがあった。明らかな差が出て、僕は随分昔に誰から聞いたのかもわからない「一生の中で心臓が脈打つ回数は大体決まってる」なんて言葉を思い出していた。じゃあ自分の方が早く死ぬのかなんて考えて安心した。
日向は脈拍は遅いくせに歩く速さはいつも早くて、隣を歩いている僕が少しよそ見をしているといつの間にか距離が出来る。なんとなく、「早いよ」って言えない僕は焦ることもしないでそのまま離れて歩いてると、「遅いぞ」って日向が振り返ってゆっくり歩くことが度々あった。
日向はそういう時、必ず振り返ってくれた。ちゃんとついてきているかどうか僕の姿を確認する。僕はそれを知っているから、たまに、本当にたまにわざとテンポをずらすことがある。そうして日向が振り返ってくれるのを待っていた。

一度だけ、僕が日向を置いて行ったことがあった。自分のことで精一杯で、日向が後ろについてきているものだと勝手に勘違いしていた。僕らは二人とも歩幅も歩くスピードもめちゃくちゃだったのに、それに全く気が付かなかった。いつも先を行く日向だったから、僕はそんなあの子に甘えきりで、勝手に平気なものだと思ってた。
気が付いたらいなくなっていて、僕は焦った。焦ったくせに、周りに山積みになったものが気になって気になって、僕はそれを片付けなきゃいけないことを言い訳に、日向をすぐに探しに行かなかった。
片付けが終わったというのに、僕は日向に会いに行かなかった。言葉に出来ない罪悪感があったからだ。それに、日向はもう待ってないかもしれない。どこかに行っているかもしれない。その方がいいかもしれない、などと都合の良い想像をした。

ある日意を決して探しに行くと、日向はけろりとした様子で僕を迎えてくれた。「なんだ、死んだと思った!」などと軽口を叩いて。つい謝罪の言葉を口にしたけれど、日向は「なにが?」とやっぱり平気な様子だった。僕はいつもの様子にホッとしながらも、少しも寂しさを見せない姿に、勝手に残念な気持ちになっていた。

ーー今だから話せること、と日向があの頃のことを話したことがある。
置いていかれた時、本当はとても悲しかったこと。忙しそうにする僕の体を心配していたこと。もう会えないのではないかと悩んだこと。時間が経つにつれて僕たちの話した時間を忘れてしまうのではないかということ。そう考えたら、なんとなく泣けた日があったということ。

「でも、時間が経っても迎えに来てくれたことがすごく嬉しかったんだ」

そう言ってくれたあの子は、今も隣にいてくれる。歩く速さは僕よりもずっと早くてたまに置いて行かれるけど。先を歩くあの子が振り返った時ちゃんと後ろに居られるように、せめて君よりも長生きしなくては、なんて重いことを考える僕です。


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