日記一覧
267.勝手にアイス食うな。
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99 :月島蛍
2020/07/11 21:53



〆 僕と黒尾さんの話


黒尾さんは昔から恋人一筋で、僕よりも人生の先輩。僕から巧みに恋愛相談を引きずり出すのが上手い人だった。
僕が出会った頃から黒尾さんは及川さんと付き合っていて、今度同棲を始める予定だった。当時爛れた恋愛に身を置いていた僕には随分とそれが眩しかった。初めて会った時も黒尾さんの薬指には指輪が光っていて、及川さん一筋でよく惚気られた。
そんな黒尾さんから随分久しぶりに連絡が来た。二年ぶりくらい?生存確認はたまにしてたケド、会うのは随分と久しぶりだった。
見た目以外は昔と変わらず、楽しいランチだった。けれど黒尾さんは、先月、五年以上付き合っていた及川さんと別れたと話した。そりゃあ、もう、驚いた。でも確かに、昔付けていたペアリングは指のどこにも付いていなかった。

「なんで別れたんですか」
「一言では言えないけど…強いて言うなら性格?」
「性格…?あんなに仲良かったじゃないですか」
「今も仲良いケド?連れ添うにはちっと足りないものがあったんだろうな」

黒尾さんは「分かんないか。俺もまだ整理出来てないケド」と笑った。

「でも別れても、アイツが大変な目に合ってたら俺は何が何でも助けにいくだろうよ」
「別れたのに?」
「ああ。でも恋愛はもう嫌だとも思ってないからさ、次に俺の恋人になってくれる奴はそこんとこ理解してくれる奴じゃねぇとダメだな」

及川さんとは、黒尾さんを迎えに来た時に一度だけ会ったことがある。二人が揃うと夫婦みたいな空気が漂って羨ましいと思った。
黒尾さん先月まではバタバタしていて、ようやく引っ越しも終わり食事も喉を通るようになったらしい。今は実家に戻っているから時間も金もあると笑っていた。
勝手な話、僕は黒尾さんたちに憧れていた。勝手に憧れ、それが崩れてしまったと勝手に悲しくなった。
黒尾さんは相変わらずのノリで恋愛話を聞き出そうとするから、迷いつつも日向の話をした。

「なに、大事なチビちゃん出来たの」
「まぁ」
「なーんだ、今日ってデートじゃねーの?弄ばれたわ」
「相手がいなくても黒尾さんはちょっと」
「オブラートって知ってる?今日一傷付いたわ」

ジョークです、って言ったら笑ってくれたからホッとした。黒尾さんは僕みたいなのを相手にする程モテないタイプでは無い。カッコ良くて世話焼きな彼だから昔から出会いも多いイメージだ。
本気でそう思ったからこそ胸には石ころが詰まったみたいに重い物が残った。

その日の話を、帰宅後日向に話した。

「仲良かったんだよ?今も仲が良いのになんで離れたのか理解出来ない…」
「二人なりに色々あったんだろ。ちょっと話聞いたくらいじゃ分かんないって」
「それでもどうしてなのか気持ちを知っておきたい」
「確かに別れた相手とまだ仲が良いっていうのはすごいよなぁ。どんな気持ちに変化するんだろうな?」

おれはアイツと二度と会いたくないやと嫌がる日向に僕も以前の恋人のことを思い返した。二度と、とは思わないけど万が一見掛けても声は掛けないだろうと思う。

日向は、僕と別れたらどうするんだろう。
二度と会いたくないと思うんだろうか。別れ方にもよるけれど、この関係が終わったらどうなってしまうんだろう。気持ちはどう変わってしまうんだろう。
胸に残った石ころの正体を、その時唐突に理解した。

「まぁそんな悩むなって。おれは今の所お前の隣にいる予定しかないからさ」

日向が言った「今の所」というのはその通りで、これが決して当たり前では無いということ。「予定」は「未定」で、同じ気持ちが死ぬまで続くなんてことは到底無理な話だ。この気持ちも少しずつ色も形も変化していく。
黒尾さんたちはそれがどんなものになったんだろうか。ゴールだと憧れていた二人が別の形へと変化した。僕と日向は?
胸に詰まった石ころは、恐怖と焦燥感だ。君と離れたくないと駄々をこねるこの気持ちもいつか消えてしまうだなんて考えたくもない。


その次の週、僕は日向と最悪な言い合いをした。


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