昔から頑固で生意気、
喧嘩っ早いくせに勝てもせず
度々怪我をして帰ったオレは
周囲に心配を掛けてばかりのガキだった。
取り柄といえば、頑丈な身体くらいのものか。
それは今も変わらず、過酷な立体起動訓練でも
厳寒の雪山訓練でも体調を崩すことはない。

そんな肉体的な丈夫さに加え
暑さ寒さにも異常に強いオレに
ペトラさんが感心しきりといった表情で呟いた。
「エレンは本当に強靭ね」

兵長が眉間の皺を深めて
手元のカップから鋭い目線を持ち上げる。
「…エレンが狂人…？」
今度はハンジさんが昂ぶりから頬を紅潮させ
上擦った声で続けた。
「エレンが巨人！？」

いや、今はそういう話ではありません。

2月14日深夜。
ハンジさんから受け取った
綺麗に飾られた箱をテーブルへ乗せると
細身のリボンを解いて蓋を開けた。
小さく甘く可憐な菓子を想像しつつ覗いた
そこには、チョコレート色のフラスコが数個、
試験官が数本、整然と並んでいた。

硝子製らしい試験管には、それぞれ
色も形状も異なる"何か"が入っていて
何某かの薬品が入った実験器具にしか見えない。
試験管をひとつ手に取りまじまじと眺めたあと
隣で楽しげに見守っているハンジさんに
一応、確認することにした。

「これは食べられるんですよね」
「大丈夫。それは正真正銘、
普通のキャンディだよ」

《それは》という言葉に一抹の不安を覚えつつ
試験管から取り出した鮮やかな欠片を口に含む。
小さな欠片は口内で軽やかに爆ぜ
パチパチと楽し気な音を奏でながら甘く溶けた。
その不思議な食感に、思わず瞳を丸める。

甘い物が得意ではないオレのために
視覚的にも食感でも楽しめるような菓子を
探したんだ、と、ハンジさんが笑う。
フラスコもコルク風の栓もチョコで出来ていて
丸ごと食べられるらしい。
楽しいバレンタインをありがとうございました。

数年ぶりに体調を崩した。
慢性的な人手不足もあって
少し根を詰めすぎたのかもしれない。
医務室で体温を測ると予想を上回る高熱で
驚くと同時に
人体が備え持つ防衛反応を面白く思った。

一晩よく眠り、よく汗をかいたおかげだろう。
翌朝にはすっかり回復し身体も軽くなっていた。
いつも通り兵団に向かうと、
分隊長がしきりに体調を問い質……いや、
心配してくれた。
大丈夫ですと答えても、不審そうに瞳を眇める。

「貴方は『大丈夫大丈夫』と言いながら
無理をして動きそうだから、心配だよ」

無茶ばかりをする子供を叱るような声音と
長い溜息を零す分隊長に
幾度目かの「大丈夫です」を繰り返してから
自分の席に着く。

貴女の声を聞いているほうが
元気になれるんです。
……なんて、とても言えませんが。

年に一度行われる兵団の身体検査では
精神・肉体ともに
兵士として適性に問題がないか調べられる。
必要なことだと理解しているが
検査前にはどうにも鬱々とした気分になる。

まず、前日の夜から食事を抜かねばならない。
成長期真っ只中の身には、この空腹がこたえる。
次に、問診票の質問項目がかなり多い。
時間がかかって面倒なうえ、
羞恥で回答を躊躇う質問も少なくない。

最後に（これが最も気を重くさせる理由だ）
血液の採取が必要なことだ。
白衣姿の人間の手中で鈍く光る注射針の先端や
赤黒い血液で満たされた試験管が揺れる光景に
どうにも気分が悪くなるのだ。

…昔の、嫌な記憶が呼び覚まされるかのように。

明日は検査日だ。
出来る限り頭を空にして、機械的に済ませよう。

朝からハンジの機嫌がすこぶる悪い。
昨夜、どこぞの宴席で
どこぞのクソ野郎と隣り合わせになった際
余程、腹に据えかねることがあったらしい。
軍議に向かうためエルヴィンの後に続きながら
むくれたような面で愚痴を零している。

「彼とはその日初めて顔を合わせたんだ。
…いや、私もこんな性格だから
初対面で仲良くすることに、抵抗はないよ」

「でもさ、フレンドリーなのと
失礼なのは違うだろ！？」

昂ぶりのあまり大きく拳を振り上げたハンジが
叫んだ言葉に、思わず足を止め隣から凝視する。
背後では、エルヴィンが口元を歪ませ笑いを噛み
モブリットは困り顔で目線を揺らしていた。