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東方逃現郷
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アイリス(創作♀)
2016/10/18(火) 01:06
「やっぱり市場はこっちの世界も現世と変わらないのね。みんな楽しそう」
寺子屋から程近い市場。そこに備えられたベンチの上にアイリスは座って通りを眺めていた。
単純に行く当てもなく、とりあえず賑わっている方へと歩いてきた結果だが、ベンチに腰掛けたその手には蒲焼のようなものが握られ、
頭にはよくわからない妖怪っぽいお面が付いている。すでに異世界ライフを満喫しているアイリスだった。
「八つ目うなぎって、ものすごく美味しいけど……やっぱり生きてるときはグロテスクなのかしら?」
既に調理された蒲焼を見つめながら勝手に想像を膨らませ、それでも知らぬが仏とばかりに率先して調べようとはせずに
幸せそうにうなぎを口の中でもきゅもきゅする。二人と合流してからお昼を取ることになるだろうことが彼女の頭の中にちゃんと残っているのかは定かではない。
「あむ……んっ……はぁ、美味しかった。さて、次は――」
「キャーッ! 妖怪が人を襲ってるわっ!」
「ひぃっ! お助けぇ!」
アイリスが立ち上がった直後。自分がやってきた方向からたくさんの人が慌てふためいて走ってきていた。
その様相は文字通り脱兎のごとく必死で、中には転んだ人の上を構わず踏みつけていくような有様。どう見ても尋常ではない。
「大丈夫ですか!? 怪我は……いったい何があったんです?」
人波が去ってから倒れた男性の方へ駆け寄り助け起こす。20代後半から30前半くらいだろうか。見た限り転んだり踏まれたりで汚れてはいるが、かすり傷以上の怪我は見当たらない。
「うっ……すまない。大丈夫だ。そんなことより君も速く逃げた方が良い。
寺子屋の近くで見た事も無い異形の妖怪が暴れだしたんだ! ここも危ないぞ!」
「寺子屋で!?」
アイリスの脳裏をライゼスと幻月の、そして慧音と無邪気に笑う子供たちの顔が駆け巡る。あの優しい人たちが危険に晒されている?
「わかった。じゃあおじさんは速く逃げて!」
「おじ……いや、待て! どこへ行くんだ。行っても君のような女の子にできることなんて何もないだろう。邪魔になるだけだ! こういうのはプロに任せて――」
「……そうやって逃げ出して、もし大事な誰かが傷ついたとき、そのプロって人に全部の責任を負わせて、
自分は何もしていないくせに他人に糾弾ばっかりするような人、私、大嫌いなんだ。文句をつけていいのは自分ならできるって人だけだよ」
「なっ!?」
立ち止まって振り返った彼女は、先程までの正義感溢れる活発な少女などではなく瞳の奥に仄暗い闇を湛えた別のナニカだった。
顔からは表情が消え、全身から黒いオーラのようなものを湧き上がらせている。
実際は寺子屋で暴れる妖怪の禍々しい妖気を背景に立っているだけなのだが、この時の青年には彼女自身が妖気を発しているように見えた。
「わ、分かった。そこまで言うなら止めはしない。だが丸腰で行くなんて無謀はしないでくれ。
そこに僕の店がある。何もないよりはマシ程度でも武器になるものもあるはずだ。好きに使ってくれ」
「ありがとう。じゃあ速く逃げてね!」
走り去って行く彼女の背中を、青年は見えなくなるまでずっと見つめていた。
―――
「……軽いな。矢の数も心許ないし、本当にないよりマシレベルね」
青年の店から拝借してきた弓は初心者用の物で、弦をほとんど力なく引ける代わりに、相応に射程も威力も無きに等しいような弱いものだった。
初めて弓に触る人ならこれでも力を込めないと引けなかったりもするが、弓道段位を取得しているアイリスからすると文字通りおもちゃのような弓である。
「あれね。近くで見ると思ったより大きいな。この弓じゃかなり近づかないと有効打には……ライゼス!幻月!?」
「アイリス……幻月が……幻月がぁ……」
駆けつけた妖怪のすぐ傍に見知った人影を発見し、駆け寄ったアイリスの目に飛び込んできたのは、既に意識もないだろうに、それでもライゼスを守るように抱きしめたまま――
身体中の至る所から血を流す幻月と、その血に塗れるライゼスの姿だった。
――それでも妖怪の攻撃は、当然ながら容赦はなく、新たに舞い込んだ獲物に向けて驟雨の様な攻撃が降り注いだ。
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