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120 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:13

>>119


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#15

あの日と同じように晴れ渡る空の下に濡れた村が広がっていた。

「遅くなっちゃってゴメンね?」

社に近づきしゃがみこみ、お供えの石段に稲荷寿司を置く。

「君の仲間はコレが好きだって聞いたからね。君はどうかな?」

……返事は無い。
辺りには小雨の降りしきる音がシトシトと響いている。

しばらくの沈黙の後、苦笑を漏らしゆっくりと立ち上がる。

その時、社の中に多くの木の彫り物があることに気がついた。
かなり古いものから、真新しいものまで。
様々な動物を象られており、どれもとても生き生きとしていた。

その中には少年の姿をした木像もあった。

「……なるほどね」

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119 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:12

>>118


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#14

そして僕は大人になり、再びこの地へ訪れている。
都会で買った有名な稲荷寿司が入ったビニール袋を片手に、神社のある小山へ向かう。

鳥居が見える辺りまで来ると雨が降り始める。
雲は一つもない。晴れ渡る空から雨が降り注いでいる。

降りしきる雨に決して濡れる事の無かった少女の顔を思い出す。

「元気にしてるかな……」

傘も差さず歩き続ける。

石段を転ばないよう慎重に登る。
時折木々を伝って落ちてくる水滴が首筋に入り身震いする。
着ている服はほとんど濡れているのであまり気にならないが。

そして石段を登りきり小さな広場に出た。

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118 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:10

>>117

#「晴れた雨の日にアイマショウ」#13

僕はうちに帰り父に、祖父に、祖母に自分の思いを話した。
家族みんな一緒に居たいこと。絶対離れたくないということ。
そして電話で母にも伝えた。

父も母もはじめは渋っていたが、祖父の
「お前が本当に家族を思うなら何処ででも生きていけるはずだ」
という言葉で折れ、とうとう母親のいる都会で暮らす事を決めた。

そこからトントン拍子に話は進み、僕はそれからその神社へは行けなかった。
そうこうしている内に僕は都会に引越し、そして長い月日を都会で過ごした。

都会に引っ越す前夜に神社について祖母からこんな話を聞いた。

「この村にはお稲荷さんがおってな?みんなを見守ってくださってるんだよ。
 だけどお稲荷さんは寂しがりだもんで、時々人間の姿をして里に下りて来るんだわ。
 だけどもお稲荷さんが人間の姿になる時はどうしても雨が降っちまうで、
 だぁれも相手してくれんだわ。お稲荷さんも寂しかろうねぇ」

その言葉が大人になった今でも残っていた。

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117 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:09

>>116


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#12

「あなたは強い子……だから言えるはず」

不意に少女が口を開いた。少女は変わらず小さく微笑んでいる。
何故自分の心がわかるのか?そんなことは気にならなかった。

ただその言葉に背中を押され、僕は強く拳を握り締めた。

「うん……ありがとう。ぼく、がんばってみる」

少女にお礼を言うとぎこちないながらも笑顔を返した。

そして再び村を眺め、母と父の居る生活を思う。
自分の気持ちを、正直に両親に伝えようと固く決意する。

「――……もし、上手くいったら……また来てね……約束」

不意に投げかけられた少女の言葉の意味が解らず、少女の方へ視線を送る。

しかし、そこにはもう誰も居なかった。
そして雨は止んでいた。

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116 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:09

>>115


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#11

理由はわからないがその瞬間に僕の心から恐怖心は姿を消した。
二人で鳥居をくぐり少女が石段の一歩先を歩く。

「滑るから……気をつけて」

降り続く雨が石段を濡らし滑らせる。僕は何度も転びそうになったが少女の手が離れる事は一度も無かった。

しばらく歩くと何処までも続くかと思われた石段の先に光が見えた。

「もうちょっと……頑張って?」

少女が優しく声をかける。頬を伝う汗を半袖の袖口で拭うと、僕はペースを上げた。


石段を登りきり、木々のトンネルを抜けるとそこには村を一望出来る小さな広場があった。
そしてその端には申し訳程度の社が佇んでいた。

相変わらず雨は降り続いているが雲は一つも見当たらない。

そして雨に濡れた村は、どこか優しくて、暖かくて、濡れた瓦に反射する光が心地よかった。

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115 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:08

>>114


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#10

「ま、まって!ぼくここにはいきたくないよ!!」

少女の腕を振り切ろうと力を込めるも、それは叶わず少女の足を止めたに過ぎなかった。

「……どうして?」

少女が振り返り不思議そうにこちらを見つめている。
少女の背後には飲み込まれてしまいそうな暗く長い石段が続く。

「だ、だって……ここおばけがでるって……!こわいんだもん!」

何とか少女から逃れようと力を込め、腕を振り、しまいには拳を握り少女の腕を叩いてしまったが、少女は僕の手を離さなかった。
僕が一連の抵抗を終え、肩で息をしながら少女の表情を伺うと、そこには悲しみを汲んだ瞳が二つ、僕を見つめていた。
そして再び口を開き小さく呟いた。

「そんなこと……ないよ?」

口元にはまだ笑みが残っていた。

すると少女は僕の腕を離し、代わりに僕と手を繋いだ。
掌と掌を合わせ少女が僕の手を優しく握る。

「これで、怖くない……」

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114 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:07

>>113


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#9

不意に水滴が僕の腕に落ちる。
空を見上げるが雲ひとつ無い空だった。

しかし続けて水滴は落ちてくる。
僕は呆然と空を見上げていた。

その時。

「――……こっち」

降り始めた雨音の中からか細く、そして可憐な声が聞こえた。
声のほうへ顔を向けると、和服を着た女の子が立っていた。
瞳は大きく、黒髪は艶やかで、薄い唇の端は微かに持ち上がり笑みを湛えているのがわかった。

それと同時に、少女の背後には古びた鳥居があるのが見えた。
その奥には石段が続くのが見える。

その少女は僕の腕を掴みゆっくり石段の方へ向かって歩き出した。

「え……?え……?」

混乱する僕を尻目に少女は規則正しい足取りで鳥居をくぐる。

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113 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:07

>>112


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#8

家族が離れ離れになるということが想像出来なかった。
母はいつも笑って僕を優しく包み込んでくれていた。
父もいつも幸せそうに笑っていた。

それが全て嘘だったのかと思ったとき、僕は家を飛び出していた。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。
行く宛ても無かった。
ただただ、走った。
いつの間にか涙が頬を伝っていた。

「……うっ……うぅ……」

走るのを止め零れる涙を必死に拭う。
昔母が言っていた言葉を思い出す。

「泣き虫な子がいるところにね、お母さんはいちゃいけないの。
 慶一が強くなってくれないとお母さんは一緒にいられないのよ」

「……おがぁさん……」

嗚咽と共に涙が溢れる。
自分が弱いから母が居なくなる、もう母には会えないという父の言葉が涙の関を破る。

涙は止まらなかった。

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112 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:06

>>111


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#7

僕はこの村にあまり良い思い出はない。
というのも、この村に住んでいた頃両親は仲違いから離婚の危機にあったからだ。

母は都会生まれの都会育ち。父は田舎生まれの田舎育ち。
母は父についてこの村にやって来たが、どうにも勝手が合わなかったらしく長年いろいろなものを鬱積させてしまったらしい。

そしてそれはついに爆発。母は実家に帰り、都会で暮らす事を要求した。
しかし父はこの村で仕事を続けた。男のプライドとでもいうのだろうか?
どちらも頑固な性分で一向に解決の糸口は見えず、離婚の話まで持ち上がっていた。

そして当時小3だった僕に父は

「慶一、母さんと父さんはずっと離れて暮らす事になるかもしれない。
 もうお母さんには会えないかもしれない。それでも父さんと一緒に残るよな?」

と、説得してきた。

しかし、僕には何が何だか解らなかった。
その時はわけもわからず小さく頷いただけだった。

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111 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:05

>>110


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#6

『――……ちゃ……け……ちゃん!慶ちゃん!!」

「――……ん……?」

祖母が体をゆすって僕を起こした。重い瞼を擦り、体を起こす。日はまだ高い。

「……夢か」

「日に当たって寝るのは体によくないよ。寝るなら日陰で寝なね?」

祖母が心配そうに僕を見つめている。

「うん、ありがとう。気をつけるよ」

寝ぼけた笑顔で返すと祖母は安心したように笑い長靴を履き庭にある畑の方へ歩いていった。

「……大丈夫、忘れちゃいないよ」

一筋の風が風鈴を揺らしていった。

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111 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:05

>>110


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#6

『――……ちゃ……け……ちゃん!慶ちゃん!!」

「――……ん……?」

祖母が体をゆすって僕を起こした。重い瞼を擦り、体を起こす。日はまだ高い。

「……夢か」

「日に当たって寝るのは体によくないよ。寝るなら日陰で寝なね?」

祖母が心配そうに僕を見つめている。

「うん、ありがとう。気をつけるよ」

寝ぼけた笑顔で返すと祖母は安心したように笑い長靴を履き庭にある畑の方へ歩いていった。

「……大丈夫、忘れちゃいないよ」

一筋の風が風鈴を揺らしていった。

112 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:06

>>111


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#7

僕はこの村にあまり良い思い出はない。
というのも、この村に住んでいた頃両親は仲違いから離婚の危機にあったからだ。

母は都会生まれの都会育ち。父は田舎生まれの田舎育ち。
母は父についてこの村にやって来たが、どうにも勝手が合わなかったらしく長年いろいろなものを鬱積させてしまったらしい。

そしてそれはついに爆発。母は実家に帰り、都会で暮らす事を要求した。
しかし父はこの村で仕事を続けた。男のプライドとでもいうのだろうか?
どちらも頑固な性分で一向に解決の糸口は見えず、離婚の話まで持ち上がっていた。

そして当時小3だった僕に父は

「慶一、母さんと父さんはずっと離れて暮らす事になるかもしれない。
 もうお母さんには会えないかもしれない。それでも父さんと一緒に残るよな?」

と、説得してきた。

しかし、僕には何が何だか解らなかった。
その時はわけもわからず小さく頷いただけだった。

113 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:07

>>112


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#8

家族が離れ離れになるということが想像出来なかった。
母はいつも笑って僕を優しく包み込んでくれていた。
父もいつも幸せそうに笑っていた。

それが全て嘘だったのかと思ったとき、僕は家を飛び出していた。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。
行く宛ても無かった。
ただただ、走った。
いつの間にか涙が頬を伝っていた。

「……うっ……うぅ……」

走るのを止め零れる涙を必死に拭う。
昔母が言っていた言葉を思い出す。

「泣き虫な子がいるところにね、お母さんはいちゃいけないの。
 慶一が強くなってくれないとお母さんは一緒にいられないのよ」

「……おがぁさん……」

嗚咽と共に涙が溢れる。
自分が弱いから母が居なくなる、もう母には会えないという父の言葉が涙の関を破る。

涙は止まらなかった。

114 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:07

>>113


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#9

不意に水滴が僕の腕に落ちる。
空を見上げるが雲ひとつ無い空だった。

しかし続けて水滴は落ちてくる。
僕は呆然と空を見上げていた。

その時。

「――……こっち」

降り始めた雨音の中からか細く、そして可憐な声が聞こえた。
声のほうへ顔を向けると、和服を着た女の子が立っていた。
瞳は大きく、黒髪は艶やかで、薄い唇の端は微かに持ち上がり笑みを湛えているのがわかった。

それと同時に、少女の背後には古びた鳥居があるのが見えた。
その奥には石段が続くのが見える。

その少女は僕の腕を掴みゆっくり石段の方へ向かって歩き出した。

「え……?え……?」

混乱する僕を尻目に少女は規則正しい足取りで鳥居をくぐる。

115 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:08

>>114


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#10

「ま、まって!ぼくここにはいきたくないよ!!」

少女の腕を振り切ろうと力を込めるも、それは叶わず少女の足を止めたに過ぎなかった。

「……どうして?」

少女が振り返り不思議そうにこちらを見つめている。
少女の背後には飲み込まれてしまいそうな暗く長い石段が続く。

「だ、だって……ここおばけがでるって……!こわいんだもん!」

何とか少女から逃れようと力を込め、腕を振り、しまいには拳を握り少女の腕を叩いてしまったが、少女は僕の手を離さなかった。
僕が一連の抵抗を終え、肩で息をしながら少女の表情を伺うと、そこには悲しみを汲んだ瞳が二つ、僕を見つめていた。
そして再び口を開き小さく呟いた。

「そんなこと……ないよ?」

口元にはまだ笑みが残っていた。

すると少女は僕の腕を離し、代わりに僕と手を繋いだ。
掌と掌を合わせ少女が僕の手を優しく握る。

「これで、怖くない……」

116 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:09

>>115


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#11

理由はわからないがその瞬間に僕の心から恐怖心は姿を消した。
二人で鳥居をくぐり少女が石段の一歩先を歩く。

「滑るから……気をつけて」

降り続く雨が石段を濡らし滑らせる。僕は何度も転びそうになったが少女の手が離れる事は一度も無かった。

しばらく歩くと何処までも続くかと思われた石段の先に光が見えた。

「もうちょっと……頑張って?」

少女が優しく声をかける。頬を伝う汗を半袖の袖口で拭うと、僕はペースを上げた。


石段を登りきり、木々のトンネルを抜けるとそこには村を一望出来る小さな広場があった。
そしてその端には申し訳程度の社が佇んでいた。

相変わらず雨は降り続いているが雲は一つも見当たらない。

そして雨に濡れた村は、どこか優しくて、暖かくて、濡れた瓦に反射する光が心地よかった。

117 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:09

>>116


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#12

「あなたは強い子……だから言えるはず」

不意に少女が口を開いた。少女は変わらず小さく微笑んでいる。
何故自分の心がわかるのか?そんなことは気にならなかった。

ただその言葉に背中を押され、僕は強く拳を握り締めた。

「うん……ありがとう。ぼく、がんばってみる」

少女にお礼を言うとぎこちないながらも笑顔を返した。

そして再び村を眺め、母と父の居る生活を思う。
自分の気持ちを、正直に両親に伝えようと固く決意する。

「――……もし、上手くいったら……また来てね……約束」

不意に投げかけられた少女の言葉の意味が解らず、少女の方へ視線を送る。

しかし、そこにはもう誰も居なかった。
そして雨は止んでいた。

118 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:10

>>117

#「晴れた雨の日にアイマショウ」#13

僕はうちに帰り父に、祖父に、祖母に自分の思いを話した。
家族みんな一緒に居たいこと。絶対離れたくないということ。
そして電話で母にも伝えた。

父も母もはじめは渋っていたが、祖父の
「お前が本当に家族を思うなら何処ででも生きていけるはずだ」
という言葉で折れ、とうとう母親のいる都会で暮らす事を決めた。

そこからトントン拍子に話は進み、僕はそれからその神社へは行けなかった。
そうこうしている内に僕は都会に引越し、そして長い月日を都会で過ごした。

都会に引っ越す前夜に神社について祖母からこんな話を聞いた。

「この村にはお稲荷さんがおってな?みんなを見守ってくださってるんだよ。
 だけどお稲荷さんは寂しがりだもんで、時々人間の姿をして里に下りて来るんだわ。
 だけどもお稲荷さんが人間の姿になる時はどうしても雨が降っちまうで、
 だぁれも相手してくれんだわ。お稲荷さんも寂しかろうねぇ」

その言葉が大人になった今でも残っていた。

119 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:12

>>118


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#14

そして僕は大人になり、再びこの地へ訪れている。
都会で買った有名な稲荷寿司が入ったビニール袋を片手に、神社のある小山へ向かう。

鳥居が見える辺りまで来ると雨が降り始める。
雲は一つもない。晴れ渡る空から雨が降り注いでいる。

降りしきる雨に決して濡れる事の無かった少女の顔を思い出す。

「元気にしてるかな……」

傘も差さず歩き続ける。

石段を転ばないよう慎重に登る。
時折木々を伝って落ちてくる水滴が首筋に入り身震いする。
着ている服はほとんど濡れているのであまり気にならないが。

そして石段を登りきり小さな広場に出た。

110 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:05

>>109


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#5

満腹になった僕は長旅の疲れもあったのか、いつの間にか縁側で眠っていたようだった。

「ん……」

日が傾き空が赤らんでいた。辺りは静まり返り、虫の声一つしない。
それどころか人の気配がしない。不安になって祖母を呼んでみた。

「おばーちゃん……?」

返事は無い。ただただ、辺りは静寂を湛えている。
家の中を回って祖母と祖父を探す。

――台所、寝室、居間、庭、祖父の作業場……どこにも二人の姿は無かった。

怖くなった僕は家を飛び出した。そして夢中で走った。
ところが思う方向に走れない。そればかりか、行きたくない方向ばかり選んで僕の足は進む。

そのうちに、村はずれの神社の前までやってきてしまった。
ここで僕の足は止まった。

神社は小さな山の頂上にあり、その入り口には古びた鳥居が立っている。
朱色はところどころ剥げ、足元にはつたが生えている。
そして鳥居の先は木々の影で覆われた石段が延々と続いていた。

109 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:03

>>108


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#4

祖母の作る料理は相変わらずの味だった。濃い目の味付けでご飯が進む。気づけば僕は3杯もご飯を食べていた。
ゴロンと仰向けになる。膨らんだ胃袋が邪魔だった。

「ご馳走様……お腹一杯」

「おや、もういいのかい?小さい頃はもっと食べていただろうに」

祖母の出してくれたお茶を飲むために体を起こす。
お茶をすすりながら祖母に何の気なしに尋ねた。

「いやいや、これで限界だよ。……おじいちゃんは?」

「あぁ、あの人なら木ぃ彫ってるよ」

祖父は厳格な人だった。しかし、怒られたことはなかった。
その代わりとでも言うべきか笑顔もあまり見たことが無かった。
そして昔から木で置物を彫るのが祖父の趣味だった。
しかし、祖父が彫った置物は一つとして残ってはいない。
一度彫ったものはどうしているのか聞いた所、「捨てた」とぶっきらぼうな返事が返ってきたことがあった。

「そっか……」

108 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:02

>>107


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#3

ピンポーン

僕が古びたスイッチを押し込むと少し割れたチャイム音が鳴った。
すると家の中からドタドタと慌てたような足音が聞こえる。
玄関は開けっぴろげで、家の中が丸見えだ。

「慶ちゃん!久しぶりだねぇ!!」

年老いた女性……まぁ僕の祖母であるが。祖母が僕を見るなり満面の笑みを向けて近づいてくる。
その腰は90度近くに折れ、今にも倒れてしまいそうだが、足取りはしっかりとしている。
ちなみに僕の名前は慶一(ケイイチ)というありふれた名前である。

「こんにちは、おばあちゃん。久しぶり。15年ぶりぐらいかな?」

祖母の笑みに釣られるように苦笑を返す。
そんなことはお構い無しに祖母は僕の腰、手、腕を両手で触る。
そして満足したのか顔を上げ僕に家に入るよう促した。

「うんうん、大きくなって……遠い所来て疲れたろう?ちょうどお昼にする所だったんだよ。さぁさ、おあがり」

「うん、ありがとう」

祖母に促されるまま僕は高い家の敷居を跨いだ。

107 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 23:01

>>106


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#2

この土地は僕が小学校三年生まで住んでいた土地だ。確かでない記憶を頼りに道を歩く。

「……ここのヒマワリは綺麗だったっけ。この小川で良く遊んだなぁ」

不確かな記憶は若干様子を変えた道端の風景で色を取り戻していった。

「えーっと、この竹林の脇を抜けたら……」

山すそにある小さな民家。もう使われては居ないが、古びた井戸がある。

「はは、全然変わってないや」

家屋から突き出した煙突からは白い煙が微かに昇っている。
それと共に漂う香り。腹の虫が騒ぎ立てる。

「う……もうお昼か……そういえば夜行で食った飯以外食べてないんだった……」

急に荷物が重く感じられたので、急ぎその家の玄関に向かう事にした。

106 :長門有希(憂鬱)
2010/06/29(火) 22:59

>久々に綴った。思いつきで2時間費やすのは愚行だと思う。でもやめられない、とまらない……
>少しでも何かを感じてもらえたら幸い。


#「晴れた雨の日にアイマショウ」#1

――7月。梅雨も明けきらないこの時期に、僕は少し早い夏休みを取る事が出来た。

その休みを利用して僕は少年時代を過ごした村へやって来た。

小さい頃に住んでいたこの村は、相変わらずの時間の流れ方をしていた。
広がる青空には綿雲が緩やかに流れ、風に揺れる木々の穏やかな歌声が心を落ち着かせる。
遠くから車の走る音が微かに聞こえるが、全く気にならない。

ただ、昔と違う所はある。
駅の改札でいつも眠そうにしていたお爺さんが居なくなり、代わりに自動改札がやって来ていたこと。
手入れのされていない田畑が少なからずあったこと。

都会から電車で4時間。乗り換えてバスで2時間。

「無理も無いか……」

と小さな溜め息を漏らしながら駅を後にした。