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130.BLUE LAGOON
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26 :翠縹
2024/10/10(木) 13:58
結局、あのクヌギの木を離れた後もまた森に迷わされて暫くさ迷い続ける羽目になった。
空を覆う様に茂る木々が鬱陶しくて、ずっと胸の辺りが重苦しくて、野宿続きで疲労も溜まっていて、泥で汚れた装備に身を包んで歩く自分は険しい顔をしていたと思う。一刻でも早く森から出たくて仕方がなかった。
どれくらいさ迷っているのかも分からなくなってきた時にふと周囲に獣臭が漂っていることに気が付き、背負っていた槍を手に取って辺りを見回すと少し離れた場所から大熊がこちらの様子を伺っていたのが目に入った。黒衣森にはあんな大熊はいないはずだし、逃げる素振りを見せるどころか鋭くこちらを睨み付けながら一歩一歩近付いてくる大熊に緊張が走り、槍を握る手に力が籠った。
こちらを全く恐れずに距離を詰めてくる大熊に思わず一歩下がる。運悪く落ちていた小枝を踏んでしまい、不気味な程に静まり返った森に乾いた音が響いたのが合図だった。
唸り声を上げてこちらに突進してくる大熊に向かって、こちらも槍を構え地面を強く蹴る。体の大きさの割に反応が早く、鋭い爪で槍を叩かれ初手をかわされた次の瞬間に左側からカウンターが入り咄嗟にかわしたが服が引き裂かれた。
一人で、それも疲れ切った体で戦う相手では無いことはわかっていたが、あの時の自分は自暴自棄になっていて冷静ではなかったのだと思う。逃げるという選択肢を選ばなかった俺は、ただただ胸の中の重苦しく淀んだ感情を晴らしたいが為に槍を握って再び地面を蹴り上げていた。
…………自分の帰郷に気が付いた兄が駆けつけてくれるかもしれないと、どこかでまだ淡い期待を抱いていたのかもしれない。
大熊に致命傷を与えることもできず、軽く爪が掠めた脇腹に血を滲ませ返り血で顔や衣服を汚す泥仕合を暫く繰り広げていたが、結果的に助けが来ることはなかった。
漸くのことで諦めが付いたのと同時に体が限界を迎えたのか木の根に足を取られてバランスを崩し、それを見逃さなかった大熊が左腕を大きく振り上げる。鋭い爪が振り下ろされる光景がスローモーションで瞳に映った。ああ、これはまずいな……と思った瞬間、大熊の左胸に矢が刺さり、寸のところで動きを止めた大熊が地面に倒れた。
「遅いから迎えに来た」
大熊の心臓を一発で射抜き、地面に膝を着く俺に手を差し伸べてくれたのは戻りが遅いことを心配して探しに来てくれた弦月の彼だった。何もかもが上手くいかず情けないところを見られて何も言えないでいたが、全てを悟った彼は汚れた手を握ってただ一言「帰ろ」と言ってくれた。
その言葉がじんわりと胸に染み込んでいくような心地になって、息苦しい程に重く胸の中でつっかえていたものが消えていく気がして、それでも悲しいという感情は無くなってはくれなくて。色んな感情でいっぱいいっぱいになってしまって、彼の言葉にただ頷いて手を握り返すことしかできなかった。
あの時は言葉に出来なかったが、君が迎えに来てくれたことが嬉しかったし、泣けてくるくらいに安心したんだ。
迎えに来てくれてありがとう、__。
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