滴る夏果 2
さて、桃である。
剥いてやると言えばぎょっとしたがあなた、私をなんだと思っている?問い詰めると
>生活力のない(社会不適合の)医者
(注釈 ()内は顔に書いてあるので補足しておいた)
とあんまりな返答。流石に不服だが?私は医者だぞ。こう見えて人間相手の職業なので世間話くらいはするし、四六時中刃物を扱っているからな、あなたより刃物の扱いには長けている。桃を剥くくらいわけないが?
ここで正しい(のか知らないが手間のかかる)桃の剥き方をレクチャーされたが湯を沸かすのも氷水も面倒だろう。普通に果物ナイフで剥いたほうが速い。マヌケがメスじゃねぇのか、と呟いたがあなたはメスをなんだと思っている?あれは医療器具だぞ。
おそらく彼の想定外に私が順調に桃を剥いたので驚いている様子だった。馬鹿め。桃の剥き方は知っている。母親が桃が好きでよく食卓に並んだと言えば、へぇ、と感心と興味のなさの間のような抜けた声が返ってきた。心配する親のように、あるいは構って欲しがる子どものように横についてくるので、一口大に切った端を果汁で濡れた指で口元に運んでやる。あまい、と柔らかい発音で味を形容するのが愛らしかったので、もう一切れ。それからもう一切れ。そして自分の口元にも。
二玉もあれば皿にこんもりと盛ることになった。そのまま食べるのかと思ったがいそいそと冷蔵庫を漁り、葉物野菜とトマト、モッツァレラチーズと生ハムを並べて来た。なるほど、サラダにするのか。手伝おうかと思ったが桃を剥いたので満足したらしい、あとはやる、というので任せてしまった。まあ、重病人でもないからな。甘えたかっただけなのは知っている。材料を切ってボウルに和え、塩とオリーブオイルでシンプルに味付けしていく。皿に盛り直せば随分と洒落たサラダになって、適当にカットした桃も、彼が剥いたのならばキレイに切り揃えられていたのかもしれないなと思う。
片付けようとするので桃の皮と種は回収する。適当なカップに水とともに入れて冷蔵庫にしまうと不思議そうな顔をする。これは母がよくやっていたことだが、ナイフで剥くと身が残りやすいので、一晩ほど水出しにしてその水で紅茶を淹れると美味しい。ほんのり風味がして好きなので、と言えば感心したような顔をする。おそらく湯むきで皮だけにしてしまうとあまり風味が出ないと思うが。……まあ、家庭の味というやつだ。
というようなことを言うと少し切なげに目を細めるのがいじらしくて好ましいが、少しばかり寂しげで。色々考えすぎだとは思うが、そこがこれの美点でもあるからあまり追求しすぎないようにしておく。
かくして出来上がった昼食代わりのサラダを食べるのを眺めながら、午後は空調の効いた部屋でぼんやりと過ごした。たまにはこんな日も良い。食べたら腹が膨れて眠くなったらしいので、寝室で寝かしつけてついでにつられて寝ていたらしく起きたら夜だった。挽きたてのブラックペッパーとすりおろしたにんにくで味付けた肉の焼ける匂いがする。ワガママ──というほどでもないささやかなお願いを聞いてやったから機嫌がいいらしい。夕飯はステーキのようだ。