口無し
夢に現れた男は無言で私を寝具に招き、そして少し距離を空けて寝転んだ。此の空間は私の為に在るとでも言うように、警戒心など必要無いのだとでも言うように背を向けた。ので、私は隣に身を委ねた。不思議と恐ろしさは無かった。…ああ、漸く隣に居る事を赦されたのだと安堵さえした。それから程無くして寝入る間際に、男は寝返りを打った。私は眠くて、とても、眠くて。その事に敏感にはなれず、気付けば私は男の腕の中に居た。……温かかった。言葉を発しない男を何処かで恐ろしく思って居た自分にその時、気付いた。刹那的な感覚だった。若しかしたら錯覚なのかもしれないけれど恐さが消えて行ったのが、私にも分かった。寝て起きたら男は荷物を纏めて居た。やっぱり、何も言わず。――ただ、何故か男は冷たかった。私の眼を見ようともしない。……私は、とても寂しかった。寂しくて哀しくて、自分の存在を消してしまいたかった。慌てて荷物を纏めると荷馬車に乗り込む際、男が言った。顔も向けずに、淡々と。
「 」…ああ、やっぱり昨晩の私は間違えては居なかった。この男はとても不器用だ。そして、とても優しい。難儀過ぎる程に不器用で、自分がどれだけの葛藤の中で息をして居るか。其の事実に、自分ですら気付いて居ない。可哀相で、愛しくて、放って置けない。だから付いて行こう、この男に。私はもう何も恐くない。私の夢の記憶はこれでお終い。