スレ一覧
976.ラストバレル
 ┗35

35 :黛千尋
2016/01/28(木) 22:21

晴れ/27

虹村修造が再来したのは、よく晴れた日の夕方だった。
修造君は感心にも、現地の学校の休みを利用して一人京都へやってきていた。それを知ったのはまさに青天の霹靂だった。メールが入っていたんだ。参考書と相変わらず熱い関係を築いていたところに、「オレ、修造。今、洛山の寮の前にいるの」と。お前、ついこの間も京都観光していたじゃないか。いろいろと言いたいことはあったが、既に来てしまっているものは仕方がない。オレは不承不承出迎えることにした。一ヶ月ぶりくらいに見る修造君は相変わらずの薄着で、ハッピーでサニーで陽気な様子で片手を挙げてオレに挨拶した。ヨッ、じゃねえよ。ところでよく見ると、修造君はあひる口だ。通りで人を小馬鹿にしたように見えるわけだよな。

修造君が再び京都に再来したのは、別にオレに会いに来るためでも何でもなかった。前回、都合がつかずに会えなかった一人の人物目当てだ。言うまでもない。ヤツが可愛がっていた、帝光時代のキセキの世代の後輩の一人だ。件の後輩に夕方からなら部活に顔を出して貰えれば挨拶をする、と言われのこのこやってきたらしい。随分お人好しだ。
とはいえ、修造君がヤツに会うのは中学以来のことらしい。まだ約束の時刻まで余裕があるから、ついでにオレにも会っておこうと声をかけたそうだ。そう話す修造君は、以前会った時よりもそわそわとして落ち着かない様子にも見えた。よほど楽しみにしていたのだろう。
修造君とは、寮の食堂で他愛のないことを話した。メールで交わした話題の詳細や、この頃どう過ごしているのか。オレは日々のつまらない受験生活について、一言二言だけ話して、あとは修造君の話を聞いていた。相変わらず、友達が多いんだろうな、と思う性格だ。顔を見ながら対面で話すと尚更そう思う。オレは修造君のような人間を前にすると、ほんの少しだけ萎縮する。眩しいからな。
つい、思ったことがそのまま口に出た。お前は眩しいな、と。修造君はきょとんと瞬きして、特徴的な口をすこし歪めて、「や、やめろよそういうの」と挙動不審になった。へえ。案外、面と向かってのストレートな言葉には弱いらしい。オレはほんの少しだけ溜飲が下がった。

時間になると、修造君は体育館に行くために立ち上がった。オレも一緒にどうかと誘われる。柄にもなく、返答に詰まった。普段なら一も二もなく断ってさっさと部屋に引きこもるんだが、その時、オレはつい乗ってしまった。

そしてすぐに後悔した。
オレは修造君の後ろに隠れて突っ立っていただけなんだが、数年ぶりに会う先輩を前にした時のヤツの笑顔を、オレは暫く忘れまい。修造君のことを呼ぶその声すら、うきうきと弾んでいた。その表情は、同学年で敵同士である黄瀬涼太を前にして見せるのとは、また別種のものだった。慕っている、というのはこういうことを言うのだろう。ヤツはもともとあまり表情を変えはしないしバリエーションも豊富ではないが、それでも見て取れる変化だった。
オレは極力ゆっくりと呼吸していた。心臓の辺りが冷えるのを感じていたからな。ヤツがすぐにオレの存在に気づいて声をかけてきた頃、オレはもう部屋に戻りたくなっていた。だから、修造君を送りに来ただけだ、などと嘘をついて、ゆっくり後退りした。
「黛サン」と、修造君がオレに呼びかける。その顔にはただ後輩と再会できた喜びだけが浮かんでいて、一片の優越感もありはしなかった。むしろ、なぜそんなものを修造君が抱いていると妄想したのかさえ、オレにはわからなかった。

嘘だ。わかっている。

まだ滞在してるなら、メールしといてくれ。オレは修造君に向かってそう言い捨てて、やはり逃げた。近頃、逃げてばかりだ。逃げてどうなるんだろう。何もかも先送りにしたところで、意味などありはしないだろうに。
それでも、卒業までと言ってしまったのもオレだ。

逃げ出す背後で、二人が何か言葉を交わしていた。
他愛もない、かつての先輩と後輩の会話だ。

オレはなぜ、ヤツのことを少しでもわかっていると思ったのだろう。
不思議でならなかった。

[削除][編集]



[戻る][設定][Admin]
WHOCARES.JP