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976.ラストバレル
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40 :
黛千尋
2016/02/12(金) 12:14
曇り/22
幼い頃から影が薄く、オレはよく人から忘れられた。グループを作ってくれ、と言われて一人はぶられて余るなんていうことはよくあることかもしれないが、教室の隅で一人本を読んだまま余ったことにすら気づかれずに授業が終わるころに先生から声をかけられ「おまえはどのグループにいたんだ?」なんて確認されたこともあった。遠足にしろ修学旅行にしろ常に置いて行かれ忘れられる危険と戦いながらオレは生きてきた。一度自分は実は幽霊で、見えている人と見えていない人がいるのではないか?という妄想を抱いたこともある。祖父が存命の頃その話をすると、「おれの爺さんも薄い人だった」とカミングアウトされた。何だその隔世遺伝は。
多少なり寂しい思いをすることはあったが、オレは影の薄さを嘆くよりも、注目を浴びて目立っている奴を哀れんだ。学級委員に指名されたり、集まりがあれば先頭に立って舵を取ったり、そういう奴は面倒なことによく巻き込まれていた。
オレは自分がそういうことをするのに向いていないことを客観的に判断していたし、目立つよりは大勢の中に埋没する方がまだマシだと思った。そこには自由があるからな。
だから別に影の薄さに大して頓着はしていなかった。トラウマなんて呼べるようなものは、オレの人生に余り存在していない。
多重人格をはじめ、精神的な病状は主に幼少期の強いストレス、すなわちトラウマに端を発することが多いそうだ。
図書室で勉強をする合間、オレはそんな表題の本を数冊手にして、パラパラと捲っていた。
トラウマ。名家。幼少期の傷。なんでもできる完璧な才能にあふれた男。なんでもできる男。いつから。どうやって。幼少期の傷。教育。親。英才教育。勝利の渇望。勝利。敗北。トラウマ。
同じような単語がオレの頭の中を行き交っていた。
いつだったか。オレがあいつにスカウトされて日も浅かった頃から、オレはあいつの勝利への執念に違和感を覚えていた。
勝利に執着するのは何も間違ってはいない。だがあいつは勝利を求めているというよりは、敗北を恐れているように見えた。勝利は基礎代謝だと言っていた。つまり、勝利がなければ生きていけない、生存のための行為だと、あいつは常々豪語していたのだ。呼吸ができなくなることを恐れるのは、いきものであれば当然だ。
事実、あいつは火神と黒子にのされて、生気を失った。
息ができなくなった。
なにか辛いことを肩代わりさせたいとき、人は別の人格を形成することがあるという。メディアにも時折取り上げられる知名度の高い精神異常だが、その実態は不明確な部分が多い。
考えがまとまらないまま、本を閉じた。
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