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976.ラストバレル
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44 :
黛千尋
2016/03/16(水) 08:34
晴れ/18
予め言っておくが、オレはカフェなんてものが好きじゃない。
ゆっくりできるからいいじゃないか、なんていう奴もいるが、よく考えてみろ。雰囲気の良いジャズ音楽なんぞが流れていて、座り心地の良いソファでリラックスできる空間なんぞ最悪だ。そんなものは家で充分だ。さすがに挽きたての香ばしいコーヒーや口の中で溶けちゃうふわふわパンケーキは出てこないが、何時間寝転がってようが文句も言われねえし、本だって読み放題だし、誰が歌っているのかもわからないジャズではなく、耳に馴染んだ好きな曲もかけられる。しかも無料だ。
そして何より、勝手に耳に入ってくる女子の会話も存在しない。
別にそこはオレの馴染みのマスターのいるカフェでもなんでもなかった(そんなもんはこの世のどこにも存在しない)。コーヒーはただのドリップのようだったが、インテリアや食器だけは小洒落ていて、女性客が多かった。昼下がりの主婦ともOLともつかない不思議に若い女達は、暇を持て余すように、鳥のように顔を突き合わせておしゃべりに夢中になっていた。
よくもそんなに喋ることがなくならないもんだと、クラスの女子を見ていてもよく思う。黛ノリわる〜い、と時折オレをからかった女子は概ね正しい。女子が持ち合わせているような素晴らしい同調能力なんぞ、オレには生涯身に付かないだろう。
そんなことはどうでもいいんだ。
ありふれたカフェの風景の中でオレが読んでいたラノベの文字を追うことより、漏れ聞こえる後ろの席のお喋りに聞き入ってしまったのは、その内容が興味深かったからだ。
後ろの席だから女の顔は見れないが、どうやら二人組で、片方は既婚者のようだった。話の内容は結婚生活の悩み。
女は気だるげで落ち着いた、ハスキーだがキーの高い聞きやすい声で淡々と語っていた。
あの人は優しい。だけど、時々叱られたくなる。もっと…。打ったりしていいのに。
できた夫に愛されて満たされている心と、少し不満に思う心を吐露していた様子だったが、打たれたいとは穏やかじゃない。漫画にでも出てきそうな台詞にオレはなんでもないふりをしながらラノベのページをめくった。
私が他の男に色目を使ってもなんにも言わないし…はあ…罵られたい…。
この女はマゾヒストではないのか?女の声に恍惚の溜息が混ざり始め、オレは無意味にコーヒーをスプーンで混ぜた。混ぜたところで気づく。ブラックコーヒーを混ぜる必要など無い。
オレは別に、人の性癖にケチをつけるような趣味は無い。どうせ個人間でしか行われない行為に対する欲求だ。好きにすればいい。ただオレが気になったのは、この女がどんな顔をして己の欲求を語っているのかということだ。気になるだろ、そりゃ。にんげんだもの。
女はオレの席の真後ろで、二人席のテーブルは縦列で壁際に並んでいる。よって、オレが振り返っても女の顔は見られない。女が席を立つか、オレがトイレに立って戻るときに女の顔は見れるはずだ。
がんばれオレ。なんのための影の薄さだ。ちょっと席を立って戻るだけだ。ディープファイ!
オレが無意味な覚悟をしている間に、女はあらぬことを口走り始めた。
でもね、この間旦那が私のお尻を――
尻。尻だと。穏やかじゃない。まてまて、こんな小洒落たカフェで何を言うつもりだ。おまえの後ろには受験を控えるド健全な高校三年生が座っているんだぞ。
オレの頭上から甲高いオネエの声が降ってきたのはその直後だった。
「あら、やっぱり黛さんじゃない。外から見えたから、来ちゃった♡何、デートか何かの待ちあわせ?なわけないわよねえ、そんな険しい顔して。アラ何、どうしたの?お腹痛いの?」
ちなみに。
オレは、父親と待ちあわせていた。こっちに来るから飯でも食おうと言われて適当に時間潰しをしていただけだ。
会話が途切れた後ろの女達の視線が実渕に注がれているのを感じる。ついでに店内も不自然にざわついている。オネエめ。貴様はどんな性癖をしているというんだ。
結局、尻がどうしたってんだよ!
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