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976.ラストバレル
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黛千尋
2016/05/04(水) 20:01
暴風雨/15
日が暮れきってから降り始めた雨は一向に止まず、風量を強めてちゃちな造りの寮を絶えず揺らしていた。このまま家屋ごと吹き飛んでしまうんじゃないかと思った。こころなしか、夜の勉強のお供にと淹れたブラックコーヒーのカップの持ち手が震えていた。
雨と風の音以外はいやに静まり返って、この場所が安全であることを主張していた。窓一枚に保たれたちんけな感傷だった。
こんな日は、当然変な夢を見ると思っていた。真っ暗にした室内に意識を預けてから幾時間も経ったのか知らないが、とにかく十分に睡眠を取ってから夢の幕は上がった。
そこには土地だけがあって、どうしようもないだだっ広い水辺があって、草木も生い茂っていた。この土地をどうにかしなければならないという話になって、水族館を作ることになった。かじを取るのは、オレがバスケ部で世話になったことのある数少ない先輩だった。オレのような人間にも目をかけ、ミドルシュートの効率的なフォームを教えてくれた人だ。二年も前に卒業した。今、レギュラーを張っている奴は誰も知らない存在だ。
先輩はいきいきとして、図面を眺めていた。ここにプールを作って、野生の動物たちが自由に行き来する。水流を作って魚が泳げるようにする。南向きの巨大なガラス張りの施設で、観客は空間の中央から魚やカバ、キリンなんかの自然の姿を目の当たりにできる。
いいアイデアだと思った。オレは横でずっと、エンターテイメント性に富んだ水族館の計画を聞いていた。いいと思います。時折相槌も忘れなかった。先輩を乗り気にさせるためなら、多少の愛想も使おうという気持ちが沸き起こっていたからだ。
やがて水族館は無事完成した。陽光が大きなガラスに反射して、向こう側には常に虹の出ている滝壺も見える。いびつなブーメランのような形をした巨大なプールには、目当て通り様々な動物が行き交って、その光景は幻想的な絵画を思わせた。
やりましたね。オレはそばで見ているだけだったが、我が事のように喜んだ。先輩も喜んでいる。
よかった。なにもかもうまくいった。きっと、この水族館は後世まで語り継がれる特別なものの一つとなることだろう。
目が覚めた。
雨風はどこかへ行って、馬鹿みたいな日差しが部屋に差し込んでいた。それでも室温は寒くて、いつの間にか床に落ちていた毛布を取り上げて包まった。
先輩は、オレに激励したことがあった。
今はまだ身長も身体も能力も発展途上だが……よくよく思い出す。オレに言っていたんじゃない。当時一年だった非凡な部員たち全員に言っていた。
おまえらには先がある。オレたちの後に続け。
先輩はそう言って卒業していった。
気づいたら泣いていた。おいおい。
卒業するのは、オレだぞ。
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