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976.ラストバレル
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48 :黛千尋
2016/05/04(水) 20:53

晴れ/14

オレは星空を見上げていた。

近所の公園にはそれなりに広いグラウンドが併設されていて、休日ともなれば小学生たちがサッカーや野球やら思い思いにプレイしてそれなりに賑わう。
だがそれも深夜帯には関係のない話で、このあたりガラの悪い服の若者がタバコ片手に屯していたりだとか、怪しげな風貌で異国語を喋る集団が何か物品をやり取りしていたりだとかそんなことも全くなく、文字通り人っ子一人いない静けさを保っていた。
そんなグラウンドの中央で一人佇んで星を見上げていると、あたかも世界にひとりきりになったかのような錯覚さえ覚える程だった。風は南南東から吹いているが、草木は揺らされることもなく、耳に届く音と言えば自身の呼吸と、猫の鳴き声だった。
そう、気づけばオレが立っている場所から20メートルほどの距離に猫が一匹いた。黒猫だ。何かを訴えるようにニャアニャアとか細い声を鳴らしながら、こちらに近づいてくる。
オレは確信していた。これはフラグだ。深夜の公園、グラウンドのどまんなか。空には(都会並の)星。そこに意味深に近づいてきた黒猫。こいつは最早異世界への招待状となるパーツが一堂に会したと言う他無いだろう。
やがてオレは目の前にやってきた猫がニャアと鳴くのをやめて「お主――力が欲しいか?」とロリっぽいボイスにも関わらず古めかしい口調で語りかけてくることを予期していたし、オレが頷くか頷かないかのうちに晴天だったはずの空に暗雲が渦を巻いて台風の目を作り、その中央から地面まで降りてくる光の柱に自分が飲み込まれ、意識が朦朧とするうちにファンタジーよろしくな大自然と広大な未来都市が広がる異世界に伝説の勇者として召喚されることをもはや未来の規定事項として認識していた。

いいさ。望まれるのなら、行ってやる。
別に思い入れなんか特にありもしないが、その美しい景色を脅かす存在がいるのなら、そこの人間化したらおそらくロリババアであろう黒猫とともに立ち上がってやるのだって吝かじゃないさ。メインヒロインの髪色はピンクか赤髪で頼む。そしてロリババア猫との三角関係を満喫しつつ、面白おかしい道中を繰り広げたのちに魔王(♀)のアジトへとたどり着き、そこでうっかり魔王に一目惚れされたとしても、まあそんなに驚くことじゃない。オレはこの世界じゃ凡人でしかないが、あちらに行けば誰もが驚く能力を手にしたりしまっているはずだからな。

オレは覚悟を決めた。
猫がこちらへ向かってくる。ニャア。鳴いている。

そしてオレのそばを通りすぎて、グラウンドの反対側へと走り去っていった。
もちろん空は静かに星が瞬くばかりだ。

オレは手に下げてていたコンビニ袋を握り直し、大人しく寮に帰った。



という話を修造くんにしたら、「チヒロー、あなた疲れてるのよ」とぞんざいな一言を返された。

受験ノイローゼというやつかもしれない。

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