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43.アインザッツの銃声を(保存)
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霧崎鋭
2019/01/30(水) 10:55
8.僕の心は。
僕の心は、たとえるなら沼に似ていた。
海みたいに深くない。湖みたいに綺麗でもない。汚くて底がなくて、身体にまとわりつくヘドロみたいな沼だ。
それもそのはずだ。
失敗ばっかりの人生だった。
何にもしなかったら何にも返ってこない。何も気にしなかったら誰も気にしてくれない。そんな当たり前のことに気付くのが僕は遅かった。
誰からも相手にされなくなって、滑稽なあだ名をつけられ、床に筆箱を落とされた僕がようやく覚えたことと言えば、仮面を作ることだった。
明るく振舞えば、
見た目を整えれば、
面白い発言をすれば、
得だと思われる存在になれば、
どうにか人と付き合えるんじゃないかって思って、必死に作った仮面に隠れてやり過ごしていた。
仮面で過ごすことは、疲弊する心はあれどそれなりに楽だった。また馬鹿にされるんじゃないかって裏側で震える自分なんてものを人目に晒さずにいられるから。
けれどそればっかりを続けていたせいで、いつになっても本当の僕はまるで子供のままだった。
嫌なものから目を背けて、
出来ないことから逃げ続け、
なんとかしてくれる誰かに甘えて、
そうしてここまで生き延びてしまった。
毎日仕事に行って、適当な作り笑いとそこそこの成果でなんとか自分の面倒だけを見て、成し遂げる事もなく天国にも地獄にも行かず、いつか消えるんだと思っていた。自分はそれくらいの価値の人間だと思っていた。
けれど、ある日。
どぼん、って音が聞こえた。沼に落っこちる馬鹿な奴がいたんだ。
そいつはこんな所に落ちたというのに平気そうに笑っていた。こんなに汚くてどろどろな所なのに、楽しそうに幸せそうにずっと笑っていた。
そいつと過ごす毎日は僕にとっても楽しいものだった。気付けば僕らは寝床すら沼にこさえて過ごしていた。
幸せだった。
遠くで桜の蕾が綻び始める頃、そいつがちょっと自信なさげに何かをちらつかせたので勢い任せにぶん取ったことがあった。
何だろうと思って手のひらを広げてみれば、それは小さな、今にもなくしてしまいそうな鍵だった。
大切にしようと沼の奥底にしまいこもうとして、
僕は気付いてしまった。
大切にだなんて、
――こんな僕が、そんなこと、していいの?
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