この時期。異世界の大陸各地を賑わせるのは、とある聖者の降誕を祝う祭りだそうだ。
ヘルナペレスカって港町じゃ、この世界一の規模を誇るクリスマスマーケットが盛り上がりを見せる。偶然か否か、同じ名前と主旨をもつ地球のクリスマスとは違い、定番は魚料理らしい。赤魚の串焼きを味わいつつ、スパイスたっぷりのホットワインをちびちびやりながら歩く俺の隣には──もはや見慣れた金髪の、無駄に形のいい頭が並ぶ。長い前髪の隙間から覗く緑眼は、イルミネーションをきつく弾き返している。いつもどおり真一文字の唇が、心なしか歪んで見える気がした。
これは分かる。オコだ。激オコより三段階くらいオコなやつ、なんつったっけ。
もちろん、こうなったのにはワケがある。
残業だ。社畜という名の勇者を
退職まで散々に狙い続ける魔物…世間はすっかりホリデーモードのこの日、哀れにも残業とエンカウントしたアイツの顔を俺は忘れないだろう。二年分くらい笑ったぜ。
それから、およそ一時間後。俺は(道ゆく獣人のおねえさんに興奮したり、近海で跳ねる人魚に興奮したり、ビキニアーマーの女戦士に興奮したりしながら)人を待っていた。
やがて現れた待ち人が、
「アラヒト…?」訝しげにそう呼んだ次の瞬間。待ってましたとばかり俺史上いちばんカッコイイ足運びで振り返り、こう言ってやったのさ。
黒沼だと思ったァ?残念!俺でしたァアアアッ!!
その時の王子の顔もきっと忘れられない。正直ちびるかと思った。
そこからはワケを話すのに必死だよ。黒沼を襲った魔物、ショックでスマホ握りつぶして王子に連絡が取れないこと、花火までには絶対に行くから待っててくれって伝言を頼まれたこと。
「おまえどうせクリぼっちだろ。ちょっと次元超えてくんね?」なんて据わった目で肩を掴まれちゃ
逃げら親友として断れねえしな。
相変わらずキツいがどことなくショボン顔の王子を見てると、少しばかり心が痛まんでもない。仕方ねえ。
「そんな顔すんなよ王子ィ。知ってる?仕事終わりにあんたから連絡が入るとアイツよ、可愛い女子社員からの誘いも秒で断って退社するんだぜ。急ぐあまりたまによく分かんねえ言語で喋ってたり、タイムカードを手裏剣みてえにレコーダーへ打ち込んで上司に怒られたり、窓から飛び降りて(※14階)捻挫したり(中略)とにかく、そろそろあの必死な顔で向かってる頃だろうから──…」
アレッ。いねえし。まさか帰っ──いやいた。立ち上がって、やけにザワついてる群衆に割って入ってる。
フッ、やっとこさ登場ってわけかよ。
\ ヨルクチャーン!遅れてごめんなあ! /なんでかボロボロのスーツ姿で現れたアイツの声に背を向け。
俺は。
「Merry Christmas,lovers…♡」俺史上最高にセクシーな低音ボイスで祝福を贈り、聖夜の街へと溶け込んだ。