「 」
昼間だというのに誰もいないキャンパスは、むしろ夜より忍び込むのに苦労した。
明るくて虚ろな建物たち。学生がいないと間延びして見える広い道を足早に通り抜ける。無数の貼紙。サークル勧誘のチラシの上から貼られた、立入禁止の赤字。休講のお知らせ。配布資料はこちらのURLから。
誰もがオンライン上で確認する内容ばかりを、それでも誰かが声を枯らすように貼り付ける。こうなるずっと前から寂れていた、学内の掲示板。
「メリー、どう?」
蓮子の声が掲示板の裏から響く。
それが視えたのは学祭の開催についての掲示資料だった。素っ気ない白黒の紙面を縦に裂くようにして、小さな裂け目が開いている。閉鎖中とはいえ、学内に明確な境界が開いているのはなんだか妙な気分だ。
「あったわよ、蓮子」
「本当に?苦労して忍び込んだ甲斐ありね」
呑気な言葉。目を逸らさずに境界を睨んでいる私の手に、不意に蓮子の指が絡んだ。
思いの外近い距離から、いつものように笑みを含んだ声がする。
「それじゃあ早速、いきましょうか」
その言葉に押されるようにして、絡め取られていないほうの手を伸ばす。
小さな裂け目は、しかし容易く私を呑み込むことを知っていた。
- - - - - - - - - - - -——私たちの宴は無数に分割され、保存され、再生される。祭りの場を作り出すのは、個々の空間を繋ぐ電子の網。共有する空間は最早物理的なものではない。
其処にはもう、かつての神が知っていたかたちでは、ハレの日などというものは存在しないのかも知れない。
祭囃子の音が聞こえた。誰もいない境内、鳥居の真ん中で少女が独り泣いている。
- - - - - - - - - - - -それが私の非日常で。私たちの日常。
蓮子はいつまでも私の非日常だった。
私が愛していたのは、愛したかったのは、貴女との日常だったのに。