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眼鏡、汁だくで。
 ┗127

127 :乾 貞治
2007/09/18 18:01

よく話をする内の数人には微妙に話した事があるんだが、いつも通る道に小さなペットショップがある。
県内どころか国単位でも有名な繁華街のど真ん中を通る商店街に面していて、平日も休日も朝から夜中までずっと人通りの多い道。ライトで始終照らされ晒され続けている、生後数ヶ月の体が受けるストレスは半端なものではないだろう。
血統書の有無どころか、ロングコートチワワとかシーズーとかビーグルとかプードルとかを適当に交配させた、とんでもない掛け合わせの犬が何匹もいたりするような店だ。


そこに猫がいる。
雄、約3か月。
グレー一色、綺麗に整った毛並みや表情は当人は全く気にしていない様子。
その店に最初立ち寄ったのは一番外側の一番上のケースに入れられていた彼と目が合ったからで、それは身長184cmのおれの目線が底真正面にくる、170cm以下ならまず見れないだろう高さだ。(何のためのクリアケージだかわからない。)

目の前に立つ。寝そべった顔と目線が同じ。
手のひらを透明のプラスチックに当てると、そこへ手のひらで全部隠れてしまうような大きさの顔を擦り寄せてきた。
時々、桃色の肉球とプラスチック越しに対峙する。
彼の手のひらは俺の親指くらいのサイズ。

戯れるままに気がつけば何十分も経過していたそれだけの、彼の


新たなデータを知った。

俺のノートの一番後ろに、名前はまだない、ひとつのページを作って記入した。

ロシアンブルー
体毛はグレー
瞳はグリーン

6月3日生まれ、

…184cm。


互いに顔を知っている。話したこともある。感情はプラス。
データは他の誰よりもある。
ただ、ケージを開ける鍵がない。

忘れろ。目を合わせるな。焦がれるな。笑って、いつもと同じ風を装って、買われてゆくのを見送って消えろ。忍耐と許容は得意じゃあなかったか。
同じ体、同じ顔、同じ眼、生まれたところも今までの歩みも同じプロフィールを持ってそれ故か否か


透明の壁に阻まれて届かない彼に、
指先を重ねて離す。

プラスチックには俺の後ろにもうひとり、影が映っているのを知っている。
背を預けろという。
…まだ、無理だ。臆病な左手を取られたのみ。
そして触れられない一時、遠い未来を描く。帰ってきてくれ、できるだけ早いうちに。君が言わなきゃどこへ行っていたかなんて訊かないから。



今日見たそのケージは空になっていた。
一段下の、誰でも見れる高さのケージにはアメリカンショートヘアー。隣には7月生まれの幼いロシアンブルーが丸まっていた。買い手がついたのか、大きくなったから奥のほうへ引っ込められてしまったのかはわからない。奥にもあるケースまで調べに行く気もない。
記入する事がないノートの最後のページがどこへいったのかは知らない。…ことに、なっている。

電気の消えたケージの壁ははっきりと自分の顔を映して黙っている。俺を振り向かせその場所を離れさせてくれるには直接引っ掴むしかないよ。

それまでただ、待つだけだ。

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