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静かの海
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39 :
不二周助
2008/02/28 12:03
>宙を切る指先
いつだって片手は空白のままでいたい。
何かを掴みたいと思った時にそれを逃がさず済むように。
代わりに何かを手放さなくてはならないなんて事が、ないように。
いつかの話。
僕はこの両手に抱えきれない程の大切なものに囲まれていた。
笑顔も好意も、時には素肌のぬくもりさえも、望めば全てが手に入った。
だけど、それが酷く息苦しかった。
自由でいたかった。
喉元は常にやんわりとした指先に頸動脈を捕らえられて、いつだって息を止められてしまいそうな感覚。
身を切り裂く剥き出しの狂気じみたたった一つの愛情と、真綿にくるまれるような柔らかく逃げ場のない沢山の親愛。
その両方がいつしか僕を逃避へと向かわせた。
愛の無い駆け引きは気楽でいい。思い遣りは必要なくて、ただ欲求を満たすだけ。
それだけだったのに、そこですらまた僕は失敗を繰り返した。
これ以上は抱えきれないと逃げ出した、僕に向けられる様々な愛情。
逃げた先ですら向かってきたそれを抱えるだけの余力は、もう僕には残されていなかった。
愛さないで、好きでいて。
唯一じゃない、お気に入りでいたい。
今の僕が抱える願い。
何度も全てを捨てては、求めて、また逃げ出した。
過ちを繰り返して、やっと解った。両手を埋めてはいけないって事。
満たすのは許容量の半分まで。全部満たされれば飽きてしまう。
片手に安心、片手にスリルを。そのぐらいが丁度いい。
跡部は僕にとっての安心。求められない、受け入れられる。これ以上はない居心地の良さ。
遊び回って疲れたら彼の腕を枕にして眠る。ベッドも彼も、僕にやさしい。
いつか、この両手をまた埋めたいと願う日が来るかもしれない。
虚空に差し伸べた指先に絡むのは、何だろう。
全ては心のままに。
今は、ひたすらに拒む事も求める事もしないつもり。
流れに身を委ねて、心が行き着く先を見る。
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