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口唇シンセサイザー -Le Monstre-
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12 :
忍足侑士
2010/05/16 13:30
虫食いだらけのフィルムが一つ。コマというコマは全て、虫食い状態。唯一、微かながらに残っているのはコマが有ったと思しき形だけで。思い出せない。
もしかすると、思い出したくないのかもしれへん。あー、何やったかなあ。朧で分からんなあ。意味を持っていた筈の場所だけごっそりと白紙になっているような、形骸だけが、骨組みだけが辛うじて残っているような。
指先でなぞる。確か、日記は在った。せやけど、日記の中身は殆ど忘れてしまった。確か、毎日毎日厭きずに一緒におって話しとった。せやけど、何一つ会話が思い出せへん。どないなことをしていたか、どないなことを話していたか、記憶にない。一緒に外に出掛けたこともあった気ィする。多分。せやけど、何処に行ったんやったかいな。他にも、他にも、まだまだ沢山色んなことが在った筈なんやけれども。俺にはもう、何かが在った筈だという認識しか残っていない。
甘かった場所だけ、きっと紙魚虫に喰われてもうたんよ。俺が覚えているのは極最近の、それだけで。何がどうなって、そうなったのか。その点も抜け落ちてきた。ただ、そのときの感情と刺さった言葉だけは残っている。多分、これは忘れない。これは塩辛いから、紙魚虫も好んで食べて仕舞わんやろう。
…ほんまに忘れてしまったんよ。朧で、分からない。薄い靄が掛かっていた期間は過ぎた。靄はあらへんけれども、気づいたら在った筈の形が、輪郭が滲んでいた。ぼやけていた。あの頃の遣り取りだけじゃなく、あの頃に居た筈の存在そのものも好い加減なシルエットでしか残っていない。表情も声も仕草も匂いも、どれ一つ確かなものはもう無かった。それは確かにそこに在って、多分それは紙魚虫が好む程には甘かったんやと思う。そういう認識しか出来なくなっていた。
これで良かったんやろう。それが抜け落ちたことで救われたのは、きっと気のせいではない。
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