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クリンベリルの名を捨てて
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南/伊
08/14-12:43
繋がる半身でさえ気付けば傍らには無くてその手を引いて消えたであろう偉大な背も二度と見る事は出来なくて、取り残された極彩色の遺物と共に埋もれてしまいたいと望む俺の失望すらも剥き出すように数多と伸びる手は直ぐ脇を過ぎ俺には見えない物を掴んで離れて行った。幾つも幾つも通り過ぎて行く何かの過程を見ない振りをし続けていれば何時か終わりが来るだろうと淡い期待をして、それだけの時が与えられていると信じていた幼稚さを嘲るように孤絶された立ち位置は俺の首を絞る。
>『どうせお前も一緒だろう』
違うと言って欲しくて
#それでも伏せた眼は誰かを捉える事を、手を伸ばし届かぬ事を、その絶望を恐れ動かす事も儘なりません。地よ枯れろ水よ染まれと、祈る事を罪と仰せるのならどうか貴方の林檎を得る術を与えてください。私はその蜜に罪を改め林檎の種を植えるでしょう。その為に地を耕し水を濯ぐでしょう。だから、どうか。
はち切れんばかりに撓わと実を膨らませたトマトを両手に掬うように擡げると横から伸びた手が蔕からほんの少し上に鋏を入れてくれて、手の平から零れそうな程瑞々しい赤をエプロンとひらひらと足に纏わるスカートごと捲くり上げて包む。在り来りに例えるなら鈴を転がしたような笑い声、少し気障たらしく言えば天使の歌声のようなそれを背に畔を越えて走った。太陽は地平線から顔を覗かせようかという刹那に躊躇いを見せ寝起きの悪い男の事を弥が上にも思い起こされ、もう少し、あと少し起きてくれないで欲しいと期待を馳せる。何度と繰り返し訪れた朝がこの足へメ/ル/ク/リ/ウ/スの加護を運ぶのかも知れない。台所の椅子へ飛び乗り机に乗せられたバスケットの中にトマトを出来る限り優しく転がすと寝室まで立ち止まる事はしない。
>『おはよう』
男の表情は丁度差し込んだ朝の陽に逆光に埋もれ一切と見えずただ仄かに円やかとした声が微笑みを浮かべている事を物語る、屋敷の廊下を一気に駆けた所為で上がった息を吐き出そうにも今まで吸っていた空気が泥水に変わったかのように気管支に詰まっていった。扉を支える俺の横を女中が小さな会釈を家主に向けて通り過ぎて行っても、また家主が同じく姿を消しても俺は身動く事も出来なかった。その隻手に添うハルバードが厭味たらしく刃先から残した残光が消えるまで。
#望んだのは飢えを満たす為の、たった一個の林檎だった。
その日、陽が沈むまで誰もこの部屋へ迎えには来なかった。
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