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猫とバタートーストと仙人と俺。
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114 :
香
03/25-23:03
#(2/2)
不安だった。幸せだった。愛していた。
嫉妬に身を焦がし、狂おしいほど己を焼いた。
いつもいつでも、待っていた。待っている間も、恋は絶えずしてひたすらに恋だった。
どれも最大級で、会えなくなってからもずっとずっと、先生は長らくその女神だけを見つめていた。
>「だが、何でも言う通りにする、何でも従うと己を捧げているようでいて、その実は求めてばかりだったあるよ。
> なのに自分では従順な犬と思い込んでいて、欲しい餌を与えてくれと、努力すれば叶うはずと纏わりついていただけの愚かな駄犬。
> 迷惑かけてばかりで、困らせてばかりで、我はまるで躾のなってねぇガキで」
どう足掻いてもその恋は、初めから終わりまで、一方通行のままだった。
先生はそう語り、俺が注ぎ足した酒に月を映す。
>「己で無欲と信じる強欲ほど性質の悪いものはねぇあるな。
> 我はこんなにも我儘で欲深い男あるのに、どうしてあの時は、それに気づきもしねかったのか」
いつも自信満々の先生がここまで自虐するなんて事は、滅多にない。
つまりそれほど酷かったって話なんだろうか。何がどこまで本当かなんて、俺には見当もつかないけど。
>「あの頃、あの時。我はほんの少しでも女神の心を楽しませてやれていただろうあるか。
> 暴走してばかりの愚かな我でも、ただひたすら愛して焦がれる熱情だけは間違いなく本物だったあるよ。
> 自分をそれだけ愛した愚かな男が居たという事に、女神は少しでも笑えてくれただろうあるか。
> ――返す返すも、重ね重ね、時に物思うのはそんな事ばかりある」
それほどの熱い想いを捧げる相手に出会えた幸いと、迷惑をかけてしまった後悔と、果たしてどちらが重いのか。
謝謝と対不起と、一体どちらが大きいのか。
今では、いや、今でもどちらなのか決められないと、先生は苦笑いする。
>「自分がいかに愚かだったかという事は、何度何回でも思い知るべきある。
> もう二度とは繰り返さない、今ならもっと上手くやれると信じる事が大事ある。
> そうすれば前に進める。今この手にあるものをもっと大事にできるある。
> もっとああすれば良かった。こうすれば良かった。
> そんなのはいつの日も、無数に重ねて絶える事はねぇものよ。
> だが今の自分はあの頃よりもずっとずっと広く大きく世界を知って、それら何一つとして無駄にはしないのだと己を奮う事は可能ある」
べきだとか、どうだとか。
偉そうに言ってるけど所詮は先生の持論に過ぎないだけで、きっと汎用性なんかは無いんだと思う。
でもきっと、それでいいんだろう。先生が俺にこう長々と語るのは、誰よりも自分に言い聞かせたいからだ。
お爺ちゃんのこんな昔話に付き合えるのも俺だけだろう。昔の恋の話なんて、今の恋人にするような話じゃないだろうから。
>「――今度こそは、過去に重ねた恋よりもずっと、一つ前の恋よりももっと、確かに幸せにできる。
> 愛するからには、『我は幸せにするためにこいつの心を奪い、我のものにするのだ』と。
> 恋に落ちた時は、そういうつもりで臨むようにしてるある」
先生はいつもいつも、無駄に鬱陶しいくらい自信に満ち溢れているけど。
どうやらその裏にはこんな、山ほどの後悔があってこそ成り立っているらしい。
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