アマゾン

一覧
猫とバタートーストと仙人と俺。
 ┗115

115 :
03/26-21:40

#(1/2)

>「初めての恋は、まぎれもなく崇拝だったある」

下弦の月の下で今夜もまた、酒を片手に先生の昔話が始まった。
それまでにも関係を持った相手は少なからず居たけれど、全身を貫かれるような恋をしたのはその相手が初めてだった、と先生は語る。
だからそれが先生にとっての初恋、という事になるらしい。

>「今のお前らには想像もつかねぇかもしれねぇあるが、その頃は我もまだガキだったものよ。
> 青臭くて粋がって甘えたで、若さと愚かさを履き違えて、全力で泣いて、笑って。そんな頃の話ある」

先生は四千歳をとっくに超した今でも年甲斐もなく大人げない國だけど、それが若い頃ともなれば更に、といって過言じゃなかったようだ。
想像もつかないというか、想像もしたくないというか。どう考えるべきかな。

>「ある時、我は初めて足を踏み入れた山を散策していた。何か面白いもんに出会わねぇかと、フラフラと。
> そうある、思い返せばあれは確かちょうど大晦日の事だったあるかな。
> なんでそんな日にそんな場所に迷い込んだんだか、もう今じゃさっぱり憶えてねーあるが。
> でもそこで、出会っちまったあるよ。我は一目で恋に落ちたある」

どんな人だったんですか、と俺は素知らぬ顔で尋ねる事にした。

>「女神、あるな。一言で言うなら。
> 美しく、冷たく、氷のように残酷な微笑を浮かべる美人だったある。
> そして奔放だったある。引く手数多で、関係を持った男はさて一体どれほど居た事やら」

――若かりし日の先生の新しい年は、初めての恋の情熱と共に明けた。
顔を合わせる度に一喜一憂して、ひと月が過ぎる頃には愚直に求愛して、二回振られて、それでも諦めきれなかった。
そうして三回目にやっと、色よい返事貰えたという。

>「それはまさしく、天にも昇る心地だったある。
> それからほんの幾度かの情人としての逢瀬、ほんの一、二度重ねた肌。
> 寝ても覚めても、ただ次の邂逅を待ち焦がれて、我はただ情熱だけに突き動かされて生きていたある」

でもそれからは、数ヶ月と保たなかったのだそうだ。
段々と女神は忙しいといって姿を見せなくなり、そのままいずこかへ消えてしまった。
それでも疑いたくなくて待ち続ける先生が折に触れて送り続けた手紙にも返事が来る事はなかった。
よくある話。珍しくも何ともない、どこにでも転がっているような儚い恋の終わり。

その後、風の噂で女神は熊のような大男と一緒になったと聞いた。
思えば女神が遊び相手に見繕っていたのは皆ガタイのいい男ばかりだったと、先生は肩を揺らして自嘲気味に笑い飛ばす。

>「きっと、始めから我みたいなのは好みじゃねかったあるなぁ。
> だが仮にも一度は情人の位置に立っておきながら、それを覆せなかったのは我よ。
> 思えば無茶もした。信頼を失うような下手もやらかした。
> 自分ばかり見るのに必死で、制御もきかなくて、馬鹿ばっかりやってたものある。
> それじゃ覆すどころか、まともに惚れてさえ貰えるわけがねぇのも当然の話ね」

迷走して、逆走して、暴走して、空回りに空回りを続けてそれでもひたすら一心に走っていたのだ、という。
月を見上げて杯を呷る先生の愚直な昔話は、まだ先へ続く。

[][][]



[][設定][管理]
WHOCARES.JP