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猫とバタートーストと仙人と俺。
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01/17-21:36

#先生観察一休み。いつだったか、とある國から聞いた話。





「私の嫁は画面の内のあの人なんです。
 リアルのあの人にはこれっぽっちも興味ありません。

 ほら、これ。私が描いたんです、可愛らしいでしょう。凛々しいでしょう。
 本物の誰かさんと違って恥ずかしがりやさんなので画面からは出て来てくれないのですが、
 代わりに毎日ここで私を待っていてくれますし、パソコンを点ければいつでも会えるんです。
 点と線と色彩だけで構成された、私だけに可愛らしく微笑んでくれる、私のあの人。



 ですがたまに、極たまに、立体のあの人にもお会いしたくもなるんですけどね。
 声を掛けて、あの人が来てくれて、私はお茶とお菓子を振る舞って歓迎するんですよ。
 ようこそ来て下さいました、お待ちしておりました、とね。

 でも。でもね、駄目なんです。
 最初は楽しくお話するつもりでも、お顔を見てそれだけで満足するつもりでも。
 段々と不満が募る。

 あの人はこんな声だったろうか。
 こんな事を言う人だったろうか。
 こんな表情をして、こんな仕草をする人だったろうか。
 こんな考え方をして、こんな眼差しで私を見つめる人だったろうか。
 私に触れるその指先は、本当に私が愛するあの人のものなのだろうか?



 ……嗚呼、違う。
 この人は私のあの人ではない。
 私のあの人はこんな事を言わない。
 この人は私が知っているあの人ではない。
 私が焦がれる、私だけの愛しい愛しいあの人ではない。
 きっと一人で想い過ぎてしまったのがいけないのです。
 現実にあの人と邂逅しても、私の心は満たされない。



 私が愛したあの人はどこにも居ない。



 可笑しいですよね。私が持っているのは綺麗な思い出と、一人で勝手にこじらせた募る想いだけ。
 目の前に確かに存在するあの人と言葉を交わしても胸には響かず、違う、違うとそればかり。
 所詮、私が好きなのは私が勝手に思い描いたあの人なんです。
 お会いしたくて、お会いできなくて、一人で無為に過ごす内に作り上げた虚しい偶像。

 だからあの人には、極力お会いしたくないんです。
 私の嫁のあの人は、ずっと画面の内のあの人なのですから」





#その時もその國はいつもと同じ静かな声で、いつもと同じ死んだ魚のような目で、和やかに微笑んでいた。
#語られた言葉が果たしてどこまで本当の話だったのか、俺は知らない。

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