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さよならのワルツ
 ┗137

137 :Arthur
01/26-00:49

久しぶりに髭とゆっくり過ごしていた。
楽しい、と言う感覚は特にない。ただただ幼い頃からの延長線上を淡々と過ごしていただけだ。それが酷く優しく感じる時がある。決して常々そう思っている訳ではなく。
俺の家にふらりと現れたあいつに「何を飲む?」と聞いた時に返って来る言葉が、飲み物の種類ではなく茶葉の種類だった時だとか、そう言う瞬間が当たり前に流れていくのが日常と言うんだろう。
勿論俺の家には紅茶以外の飲み物だってある。来客用にコーヒーだってあるし、たまにはコーディアルを割って飲みたい時もあるからサイダーだってある。あいつが望めば紅茶以外の飲み物が選択肢に存在していたのに。でも俺が茶葉をいくつも溜め込んでいるのを知っているし、言えば出てくるのも知っているあいつは、棚の中を見る事もなく迷わずに紅茶の茶葉の中から選ぶ。嫌味でも何でもなく、ただ当たり前かのように。それでも決してお前の淹れる紅茶が好きだ、とは言わない。そう言うところは、嫌いじゃなかった。

今から客間を整えるのも面倒だと言えばソファーで寝る、と毛布だけを引っ張っていった髭の足はソファーからはみ出していた。仕方なくテディベアをベッドから椅子へ移して一緒に寝転がった狭いシーツの上で色気も何もなく瞼が落ちるまでぽつりぽつりと零す言葉はキャッチボールどころかドッヂボールで。
目が覚めた時に誰かの温もりがあるのは何年ぶりだろうな、と迎えた朝は相変わらず冷えた冬の気温だったけれど。まだ眠っていたいとぐずった腕を引き寄せて、もう朝だよ坊ちゃん、と背を撫でる手のひらは昔から何も変わっちゃいなかった。
あぁ、それでも。もしかしたらこう言う未来もあったのかもしれないな、と。思えるくらいには、俺の脳みそも冬眠しかかっていた。残念なくらいに。

船を使わずとも電車を使えば渡ってしまえる海の距離はこんなに近くなったのに。見送るためにステアリングを握る右手が、裸足で丘を駆け上がったあの頃には戻れないと叫んでいた。
なぁ、フランシス。決して恋にならないお前と、ぐるりと廻る秒針を眺めるのは嫌いじゃないんだ。知っているだろう?

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