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お前はそこで笑っていて。
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36 :南@伊
09/07-20:23

>(悲しい物語を見るのが嫌いになったのは)







昔は悲しい話を題材にしたものなら本でも映像でも好んでみていた時期があった。
バカ弟は隣ですぐに泣いていた。ラストは必ずと言って良いほど毎回泣いていた。あるときは可哀想だ、あるときは良かったね、と。ラストの主人公をまるで自分自身のように慈しんで慰めて褒めていた。

俺は泣かなかった。弟に色々と劣っていた俺が唯一兄貴らしくふるまえるのがきっと俺がこの時間を好んでいた理由だと思う。俺は弟よりもずっとこういう類の涙腺は強くて、俺がこの主人公に感情移入しねぇのは俺はもっとこの主人公よりも上手く立ちまわれる術を知っているから。だから俺はバカ弟を傍に置いて映画を見ると毎回少しの優越感を抱いていた。









>いつからだ、こういう作品を避けるようになったのは。




俺の本棚やビデオ、DVDケースに悲しい物語が並ぶことが少なくなった。弟も元来そういうものよりももっと和やかっつーか明るいもんを好む性格だから、俺が俺の優越感のために悲しいものを見せていただけであって俺が見なくなるとこの家から悲しい物語は次第に姿を消していった。

別に弟の性格が変わったわけじゃない。きっと今でも映画を見せれば泣くだろう。



#そして俺も、だ。







街で声をかけた女の子とたまたま入った映画館で見たものが悲しい恋物語だった。俺は「あぁ、またか」程度の感覚だった。泣いた女の子を慰めつつ落とす言葉を考えてれば時間は過ぎるだろうと思っていた。

映画が終わるころ、女の子は俺の予想通り泣いていた。ただ一つ予想が狂っちまったことがあるとすれば俺の頭の中には女の子にかける言葉は何一つ浮かばず終わったはずのフィルムが何度も何度も再生される。とりあえず俺はその場の空気をなんとかしたくて女の子にハンカチを差し出すと、一先ずその映画館を出た。女の子は泣き腫らした目を伏せて礼を言うと、用事があるからと去って行った。それは映画を観る前に聞いていたことだから何も驚かねぇしむしろ用事があるのに映画館でこんな映画見て目を腫らさせて悪いことしちまったなって思った。






>家に帰るまで、苦しかった。

胸が苦しかった。暗いのを良いことに出る涙はとめどなかった。あんな映画をみて今まで泣いたことなんかなかったのに。その悔しさも手伝ってぼろぼろ涙が出た。あの主人公はまるで俺だ。そしてスクリーンでともにないていた女の子は、…。そんな錯覚さえ起きるほど俺はあの映画に洗脳されていた。ちくしょう、このまま帰ったら弟にバレちまう。最後の最後の意地で自称俺の親分の家に飛び込んだ。








#「俺の親分を名乗るなら答えろ!俺はあの時確かにバカ弟よりも俺の方が強かった!賢かった!優れていた!なのになんで今更俺はあいつと同じ弱さにまで落ちちまったんだちくしょう!!」









>(強さと弱さと今更と漸くを履き違えていたことに気づくのは、その後だった。)

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