人は誰しも、目に見えて判るような結果が欲しくて、生き急いでしまうね。確かに僕たちの人生は短く、果敢なく、泡の弾けるみたいに味気ないものだけど、どんなに命を逸らせたところで、この手に掬えるものの数は決まっているんだ。君もオマエも、気楽にいこう。
　恐くない。──そう、恐くなんてないさ。君に怖ろしい夜があるなら、夜中のコンビニまで美味しいアイスを買いにいこうよ。そりゃもちろん、僕の奢りに決まってる。君は、人のお金で食えるデザートをうんと堪能したらいい。オマエを脅かす白昼夢がいるなら日がな一日、代表作も知らない監督のＢ級映画でも観て、あまりのくだらなさに笑い飛ばそうか。
　僕たち人間は、そうやって過ごしていこう。大切なものを大切にして、好きなものを好きだと言って、不安に駆られる夜は布団に包まって乗り越えて。人間らしいこころの振れ幅を信じてみよう。青春の巻き戻しだって、上等だよ。恐いものなんて、僕たちの行く末にはたったのひとつもない。そこには、希望があるだけなんだ。

「枕元で、絵本を読んで欲しい。」
「いい子、いい子と、頭を撫でて欲しい。」

　なつやすみのにっきは、まいにち、まいにち、なにを書いたらいいのかわからなかった。
まいにちひとりで家にいるだけ。まいにちひとりで壁を見つめて、まいにちひとりでご飯を食べて、まいにちひとりで布団にくるまるだけ。盾ちゃんのたのしいなつやすみを書きうつしたところで、おれのなつやすみにはなんにもなかったんだ。
　日が暮れるまで、お父さんとキャッチボールをした思い出も、ひなたぼっこをしながら、お母さんの家事を手伝ってあげた思い出も、どれもこれも、たったのひとつだって、あるわけないのに。うそをついても、思い出をかたっても、空っぽは埋められないのにね。
　──オレ、ばかだったなあ。

「優しく抱きしめて、愛しているよと言って。」
「私はあなたの、──。」

　『不幸を騙るなよ』『不幸を飾るなよ』『不幸を笠に着るなよ』『不幸なら、手を叩いて』『へらへら笑ってみせろよ』『それが、不幸せな僕達の』『不幸せの着こなし方だ』

　『僕達は過負荷だ』
　『生まれてこの方、一度だって勝てた試しがない』『生きているだけで負け続けている』『負けていることを思い知らされている』『勝てないことを知らしめられている』『この世のすべてはいつだって理不尽だ』『不条理で』『善的で』『悪的だ』『それらは常に僕達のライフポイントを螺子切るように、押し寄せてくる』『僕はそんな世界の真理を愛して』『受け容れて』『許さない』『──生きているだけで過負荷だ』『生きているだけでどん底だ』『生きているだけで恥晒しだ』『僕達の不幸に底なんかないことを、僕達はよく知っている』
　『僕は、清く正しく美しく可愛く格好良く幸福である奴らを許さない』『「許せない」じゃあないぜ』『許せないなんて、今まで幸せだった奴がちょっと上手くいかなかった時に使う言葉だろ？』『そんな安直に』『安上がりに』『安請け合いで』『被害者ヅラするなよ』『哀しいふりなんかやめろよ』『怒っている真似なんてやめてくれよ』
　『僕達は、後生大事に抱える過負荷に誓って』『きみ達を許さないんだからさ』『幸せな奴らはどうぞ幸せな
まま、その幸せを噛み締めていればいい』
　『僕達は』『括弧付けていないと、関わることもままならない』『とぼけていないと、息を吐くこともままならない』『許さないままでいないと、息を吸うこともままならない』『へらへら笑っていないと、生きることもままならない』
　『そんな僕達で、いいじゃないか』『嫌われ者のままで』『憎まれてるままで』『出来損ないのままで』『落ちこぼれのままで』『醜いままで』『惨めなままで』『やられ役だって』『友達がいなくたって』『誰にも認められなくたって』『格好良くなくたって』『強くなくたって』『清くなくたって』『正しく、美しく、可愛くなくたって』『ヒーローのかかとで踏み躙られても』『ヒロインのつまさきで蹴り飛ばされても』『鼻で笑われても』『冷ややかな目で見られてもいいから』
　──主役を張ってみたい。
　『非才で無様で不格好でも』『不幸なままで、幸せな奴らに勝ってみせたい』
　『僕達は過負荷だ』『最底辺だ』『赤っ恥だ』『顔面蒼白ものの人生だ』『それでも、哀しいときだって笑える』『それが過負荷だ』『プラスの奴らを横目に、へらへら笑いながら生きてやろう』『どうしたって最悪で最低だけれど』『この甘さ、嫌いじゃあないぜ』

【本棚】
・春の泊を、
・上弦の月

【連絡先】
・上記、名前欄から