柔らかな枕へと頬を埋めると、自然と重くなっていく瞼がどこか心地いい。 どうしてなのか。 最近になって、初めてアイツの腕の中で眠ったことを思い出すのは。独り寝の夜に寂しさを感じている訳では決してない筈なのに。 …いつかまた、こいつが俺の唯一だと心に決める日は来るのだろうか。今はまだ分からない、ただその日の為にと温めているこの両手はきっと、無意味なものにならねぇと信じている。 エルヴィン、お前はこんな俺をらしくないと笑うだろうか。 |
いつだってそう、いつまで経ってもそう。気が付いたら全速力でお前の元へ脇目も振らず。惚れちまったら引き返すことも立ち止まることも出来ずに、いつだってただバカみたいに走り続けるんだ。 気持ちが重いとか軽いとかそんなことより、脳がもうお前以外の何かを受け付けようとしないだけ。 抑え込もうなんて無駄な努力、我慢しようだなんて無駄な足掻き。ああきっと、オレの吐き出す息はお前への想いで目にも痛い色になっていたことだろう。 大好きだった、あの頃に戻りたい訳ではないけれど。 |
おかしいと、感じだしたのはいつからか分からない。だってそうだろう、あいつから手を離してまだそう日も経っちゃいないのに……何で、気になっているんだ。 惹かれてるなんて、流石にまだ認められる訳なんてない。言葉だって大して交わしてもいない、でも、空気が。 取り巻く空気が少しずつ溶け込んでいっているのが分かる。 だからってそう易々と手を伸ばせる程割り切れちゃあいないんだ。特別を作る恐ろしさを、忘れてもいない。とんだ臆病者なんだよ私は。 白線を飛び越えるどころか、まだそこへの助走すら始めちゃいない。それなのに、立ち止まっている筈なのにあんたは私の方へと段々と近付いてくるんだ。 …後生だから、まだこっちには来ないで。 私には何の覚悟も度胸も今は無いんだよ。真っ直ぐに見返すだけの勇気は、もう少し待っていてくれないか。 |
たまにふと、我に返ることがあるんだ。僕が紡いでいるこの言葉達の行く先は定まっていないけれど、そうでない周りに羨ましく思うことがある。 誰かと二人、重ねていた時期は確かに僕にもあったんだ。だけど今はそう……見ての通り。いや、だからって悲観的にも自棄になっているわけでもない。 ただちょっと、ほんのちょっと、隙間風を感じるだけ。 虫の鳴く声に耳を傾けながら、一時よりも熱の引いた風に身を晒していると心臓の奥がキリと小さく痛むんだ。 …ああ、夜も随分と明けるのが遅くなってきたな。 薄暗い朝に見上げる空はきっと晴れているのだろうけど、名も分からぬ痛みに苛まれる僕はまだ、それを真っ直ぐに見つめることが出来ないでいる。 |
いつの間にか降り出していた雨の、窓を叩く音が心地いい。 雨の日は嫌いじゃない、そっと誘われるままに目を閉じると心の中をからっぽにしてくれる。 たまに無性に襲われる空虚さから逃げるように、気付くと一夜の出会いへと手を伸ばしていた。言葉を交わして体温を分け合って、短い時間を共有する。 一晩で離す掌に寂しさを感じない程希薄ではないけれど、でもそれが多分正しいの。 明日の天気はどうなんだろうと蹴り飛ばしてみた靴は、柵までも飛び越え隣家へと消えていってしまった。 |