どれだけ浮かれていたとして、気付かない程自分は馬鹿じゃなかった。だけど目を瞑っていた。あの頃と違って大切そうに触れてくる指先も、名前を呼べば柔らかく細められる双眸も、俺を好きである象徴だと思っていたから。費やしてくれた多くの時間が愛の証だと思っていたから。貴方に限って有り得ないと信じたかった。
然しそんな都合のいい話はある筈も無く、これまで過ごした時間は全部嘘だった。年上の余裕が故だと思っていたあの包容力は家庭を持つ安定感と俺への愉悦感から来ていたし、すらすらと並べられた甘い言葉は一夜の戯れの延長に過ぎなかった。随分長い間ままごとをやっていたものだ。
貴方は懺悔しながら泣いていて、俺は涙も出なかった。愛し合っていると思っていたのは俺だけだったらしい。これまで空間に散りばめられていた違和感が瞬く間に現実へと姿を変えた。同じ部屋へ住むことも、ましてや一緒になるなんてことも、叶えるつもりのない夢だったらしい。
自分が酷く滑稽だった。