「こう寒いと何だか段々気が滅入ってくるね。 僕はもうおしまいのような気がしてくる。 指先が悴んでこのまま動かなくなってしまいそうだよ。」 #「んあっ!あっ!あかーん! #〘かげひらのまほうのじゅもん〙!」 「っふ……何かね、それは。 ほんとうにおかしなことを言うのだから……。 ……しかし、 すべてがどうでも良くなって元気が出てきた気がするよ。」 #「め、めっちゃ笑うやん……。」 「だっておかしいのだもの。」 |
〘たからもの〙はひとそれぞれ違う形をしている。 ひとがいちばんの価値を見出すものが、ひとそれぞれ異なるからだ。 それは温かく、或いは冷たく。 柔らかくて硬い。 壊れやすく、何者にも壊せない。 莫大な値段が付き、そして一銭にもならない。 僕にとっての〘それ〙は煩わしく、ちっとも思い通りにならず、 驚きを与え、幸せをもたらし、 蜜のように甘くとろけた笑いかたをする。 |
普段ならば先に起き出して支度をするのだけれどね、今日だけは。 今日ばかりは……君が瞼を開いたとき、 一番真っ先に瞳で捉えるものを僕にしたかった。 愛おしいひと。僕は君が生まれてきたことを嬉しく思うよ。 歳を重ねた瞬間に君と共にいられたことが嬉しい。 ありがとう、この世に生を受けた君に。 僕は君を愛する。愛している。こんなにも強く、果てのなき感情で。 まだ眠たげな影片を揺り起こしてどうにかこうにか支度をさせる。 時間の関係で早朝に起こさなければいけなかったのは…… まぁ……申し訳ないと思っているが、いかんせん遠いからね。 法が認めていなくとも、僕と影片は家族だった。今までは。 さて影片、頼んでおいた書類は持ったね? 戻ってくるのも一苦労なのだからもう一度チェックしたまえ。 証人は頼んであるから問題ないのだよ。 空の上へ飛んだあと、漸く眠気が覚めてきた影片は 「少し休んでおくと良い。」と言う僕の言葉も無視し 不安げな顔で小箱の蓋を開いては閉じてと繰り返す。 やがて世界に名の知れるふたりの芸術家が共に生み出したデザイン。 それを元に創り上げた指輪だよ。至高のものに決まっている。 君はいつまでたっても自信に欠けるのだから…… 早くこの指に通してもらいたいものなのだよ。 そうすれば幾ら君でもこの指輪の価値が分かるだろう。 僕はね、 外から認められることが僕らの関係に必要だとは思っていない。 それでもこうして君と生涯のパートナーになれたことは、 この感動は、何物にも代えがたいものだと思うのだよ。 そうだ、この際だから言っておくけれど。 これでもう君の人生は僕と共に歩むものになったのだから、 今後簡単に投げ出してはいけないよ。 様々な感情が嵌め違えた瞳に揺れる。喜び。涙。決意。 いずれともつかず、いずれでもあり、ただただ美しかった。 息が尽きるまでいつまでもこうして深く重なり合っていたい。 |
眠る君の頬に落ちる睫毛のほの青い影を指先でなぞるとき、 僕は幸せを感じる。 愛しい影。美しき影。 そのすべてが僕のものだ。 良いクリスマスの夜だったね、影片。 まぁ……世間では今日が特別な日なのだろうけれど、 僕にとっては明日こそが大切な日だ。 ……そろそろ僕も眠りに就いたほうが良いね。 特別な日を迎えるのに、 僕のコンディションが悪くては話にならないのだよ。 今は眠ろう。君と共に。 この腕を、愛するひとを抱くゆりかごにして。 |
言葉は、僕らふたりの間に冷たく横たわる谷を飛び越えるための翼だ。 肉体は朽ちても言葉は決して朽ちないのだよ、影片。 神話の時代に僕らは言葉を持って生まれた。 何故だか分かるかね。 定義さえされていなかった愛を、ひとへ伝えるためだ。 胸に満ちた感情をたったひとりに伝えるために、言葉を得た。 言葉は万能ではない。 されど言葉は力を持つ。 その力を信じ、僕は今日も君へ振おう。 |