なにもかもが遠い。
あれ程重かった苦痛も、あれ程熱かった妄執も。もう私自身の情動にすら届かない。
いまだって恋をしている。間違いなく。
けれどそれは、いつだって私にとっての花だった。
隣で咲いている必要なんて一度だってなかった。いつか枯れるのならこの手で手折ってしまいたかった。そうした後でならどこで醜く枯れ砕けても構わなかった。
貴方は私の水じゃない。貴方は私の空気じゃない。ずっと、貴方は私の花だから。
いつかの未来、貴方が朽ちた後の窓辺。きっと私は貴方の不在を、貴方の存在と同じだけアイしていられる。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

覚れないサトリ。何者でもない私。生物として当然ある筈の生存欲求が望めない肉塊。ただ空回りする恋だけを弄ぶ小石。
そんな私のいる場所なんて、どこにも。お姉ちゃんの隣にすらも。

咲くことも枯れることも花任せ、そんな酷く不安定な景色にそっと満足するような。その腕が鋭い刺に引っ掻かれても、滲んだ血液が花弁にかからないことばかりに腐心するような。私には無意味としか映らない手間をかけて、お姉ちゃんはまたここに同じ薔薇を育てている。
仄暗い地獄に咲く青い薔薇。
いつ私に手酷く手折られるかもわからない、そうでなくとも明日には枯れているかもしれない。だって、こんな地獄に花が咲くことのほうがおかしいもん。そうでしょ？
そんな綱渡りを、奇跡なんてとても呼べない不格好なお姉ちゃんの努力のしるしを、——今ならどうしてか、愛せるような気がした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

私が視つめる不可能を、お姉ちゃんだけが愛してくれた。
だから、ねえ。お姉ちゃんの望む奇跡に、私は何度だって恋をするわ。
どうしたって私たちにそんなものは望めないのだけど。それでも。

長瀬の話をしようとすると半分悪口みたいになるんだけど、もしかして僕は長瀬が嫌いなのかもしれない。
嘘じゃなかったら話はもう少し単純に済んだだろうにねえ。残念無念、また明日。明日明後日明々後日、毎日話してもラブが減らない。成程、感情はエントロピーを凌駕するわけだ。生憎僕は少女じゃないけど。
奇跡も魔法もないこの田舎の片隅で、永久機関もかくやな脳と唇の単純運動。つまりは単なるバカなカップルの片割れによる戯言。
曰く、今日もきみを××してる。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

お礼の手紙を認めなければと思い始めて早何日、もしかすると何週間。

1146.同じ棚の文豪らしき誰か。

実は日記を作った当初から気になるお隣さんであった。
どういう人間でどういうふうに生きているのか日記を読んだところでよくわからない。そういうミステリアスさが楽しい日記だなあと思いつつ、対抗してミステリアスに陰からストーキングしていたらいつの間にか見つかっていた。そんな気分だ。
見つかってしまったら仕方がないので堂々とストーキングしよう、嘘だけど。細々と良好な関係の隣人になれたら幸い。

1731.白衣の似合うケミカルアイドル、ただし黒背景。みたいな。

キャラを間違えた。嘘だけど。
辛うじてわかるのが匂いフェチアイドルと名高いきみだけだったので宛先をそちらにしてみた、流行りものに疎いのがバレるから積極的に嘘にしていきたい所存。
それはさておき。不安定闇系を自認する僕としては、見る限り安定したじんわり光系ラブを体現するきみにこんなものを読ませているという事実に若干の罪悪感を、覚える程の善人であるわけもなく。まあ、闇に染まらない程度によろしく。

外は生憎の雨だが、雲を抜けるまで高く飛べば天気なんて関係ないからな。
——さあ、良い子は寝る時間だ。ここからは良い魔法使いの時間だぜ。

ま、ちょいと星を見たら寝るけどな。眠い。