"兄さん"なんて都合のいい人、存在しないんです。どこにも。
拠り所とした過去は、この腕輪と私の願望が作り上げたつくりもので。私を愛してくれる兄さん、私を頼ってくれる兄さん、たまに頼りがいのある兄さん——すべて、すべて、私の中にだけ存在する偽物だった。

認めるのは苦しい。辛い。痛い。それでも、嘘だとわかってしまった牢獄に居続けることはできない。
だから、優しい嘘はこれで終わりにしましょう。
本当に優しかった。私の望みを叶えてくれる記憶だった。大好きでした。——この炎が尽きる頃には、きっとなにもかもが元通りです。

壊れたものは壊れたまま抱えて生きていくしかない。

かつて僕は、それを恐れた。それはもう怯えた。彼女にそれを背負わせる未来ってやつに。
しかもそれは、いまの幸福と比例して痛みを伴うものだ。幸せすぎて怖いなんて陳腐なラブの表現が現実味を引き連れて襲ってくるとは思わなかった。
……ただ、彼女はそんなものに躓く程平衡感覚を失ってはいなくて、
そんなものに拘泥する程視野が狭まってはいなくて、
そんなものに後ろ髪引かれる程恋愛脳ではなかった。

壊れたものは壊れたまま抱えて生きていくしかない。
それを軽々と鞄に放り込んで進んでいくきみをしばし眺めて、見つめて、穴が開く程凝視した。22世紀から重力制御装置でも譲り受けているんじゃなかろうかと探してみていた、嘘だけど。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

僕もいつか、これを抱えて歩けるようになるんだろうか。
ペットボトルすら満足に開けられないこの腕で？
……やれるさ、とやや空回りする虚勢を張ってみる。
騙るのは慣れてるんだ。たとえマユしか騙されてくれない下手くそな嘘でも。

明日起きたらみーくんがいてくれる、
明後日起きたらみーくんがいてくれる、
その次の日起きたら、
その次の次の日、
その次の次の次の、