誰も座らない椅子、なにもいない水槽、欠けることのないホールケーキ、解かれないままの包装紙、宛名のない手紙、終われない恋心、完結しなかった小説、揃わないスート、白紙の頁。
そんなふうに終わっていたい。

呪われていると思っていた。
もう数えるのも億劫な程の時間が過ぎたのに、それでもおまえがこんなにも強く私を囚えたままなのは——きっと酷い呪いなのだと、そう思っていた。

なんのことはない。呪いをかけたのは私自身だ。
どうか二度と解けないように、そうして呪ったことすら忘れるようにと、幼い私が必死になってつくりあげた術式。
込めた感情の強さは、呪いの強さに影響することがある。どれだけ稚拙な術式でも、その想いひとつでひとりの魔法使いをここまで縛り付けてこられた程度には。
——ささやかで下手くそな、けれど紛れもない"恋のお呪い"。
そんなどうしようもない子供騙し。気付いてしまいさえすれば簡単に解ける他愛もない魔法。
それでも未だ、終わらせる気になれないままでいる。目を焼くような赤色が未だに捨てられないままでいる。
もう、あいつはどこにもいないのに。

いい夢だった。死人には贅沢すぎる夢だった。

リーパー、おまえの呪いはこれで終わりだ。
私を殺す為だけに造られた魔法グリム・リム・リーパーは、私が消えさえすればやっと自由になれる。これからは誰かと手を繋ぐことができるし、誰かの手を握ることができるんだ。おまえはやっと、ここに存在できる。
騙されやすくて馬鹿なおまえを見守れないのは少しだけ心配だが……まあ、カナミに任せるさ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

——ああ、楽しかった。
おまえと遊ぶ日々は、ずっと。

悪いなババア。俺は恐らく、あんたが思うより手段を選ばない人種だよ。
彼女の為なら……いや、彼女を失った俺のこの感情の為なら、なんだってやってやる。殺すくらい朝飯前だ。朝飯の前に下拵え、理に適っているしな。
ああ、切り落として切り刻んでこそげ落として擦り潰して掬い取って全部喰らい尽くしてやる。彼女を失った俺の未練をあいつらにぶつけてやる。

だけど、なあ。本当は、俺は誰よりも彼女が——。