終わりのない苦しみを甘受している。
帰る場所はどこにもない。
今更だが2021年って数字が世紀末感漂っていた気がしねえかっつうどうでもいい話。更にいうならそもそも21世紀って言葉自体が世紀末感あるよな。そんなどうでもいい話だが、存外酒の肴にするにはこういうネタが丁度良い。毒にも薬にもならない、ましてや実のある話になる訳でもない。そういうどうでもいい話をつらつら語って酒精と共に夜を明かす楽しみを分かち合いたいが、最近とんと夜更かしできねぇもんで。不健康で結構、などというには夜を正しく不健康に明かしている弟分に負けちまっている。大人しく万年筆持って原稿と向き合うかね。
時にはゆっくりと話でもしましょう。ふたりきりの隠れ家、小さな丸いテーブル。向かい合って、あなたの目を見て、まるで恋物語でも語るように。美しいアドリア海が見える窓際はあなたのお気に入りで、舌に酸味の余韻を残す赤ワインは私のお気に入り。昔の仲間達、三人の夫、あなたが初めて私を乗せてくれた赤い飛行艇、その時に見た空の透明な青と木々の鮮やかな緑と海の深く輝く蒼。それから、少年だったあなたの眩しい横顔。……え、やめろって?やだ、恥ずかしいの?良いじゃない。思い出すと楽しくなるんだもの。哀しくて忘れたい記憶なんかじゃない。それってとても大事なことよ。昔を思い出すと同時に、あなたにかかった魔法のことも考えてしまうの。私の考えが及ばないところで、あなたはきっと、もっとずっと、苦しいのよね。その一端すら見せてはくれないけれど。それがちょっと狡い、なんて。良いのよ、秘密のひとつやふたつ、持っているからこそ魅力になるんだから。ねえ、今はそのままで良いと思うわ。そのままで。でも、あなたに会いたいのよ、私。自分を赦せるようになったら呪いを解いて……いいえ、違うわね。呪いを解くことが自分を赦すことだわ。いつかそうなれば良いと思うの。例えそれが、死ぬ間際でも。お節介かしら。そうね、自覚はある。このお節介をあなたが嫌っていないことも。ねえ、だから、長生きしなくちゃ駄目よ。白髪のおじいさんになっても元気でいてくれなかったら私が赦さないから。死にかけのあなたをローストポークにしたって美味しくないもの。ましてや、私以外のひとに殺されたら骨なんて拾ってあげない。どんなことがあっても、意地でも、可愛いおばあさんになった私のところに帰って来て頂戴。わかった?
待つことには慣れているが、待ち過ぎてどれ程の月日が経ったのやら。カウントすることはとうの昔に辞めてしまったが、僕も僕でよく飽きもせずにいるもんだ。まあ付喪神故の特権というやつだな。
記憶を指でなぞるように辿って懐かしさを追いかけている。僕は現実に生きている。だからこそ夢を見ることもできる。心を置いてきたからここには居ないんだろ、と坊主に言われたが、確かにそうかもしれない。置いてきた。見ようによっては預けたともいえるが、僕が勝手にしたことだ。だから、置いてきた。心ここにあらずでも生きているし、日常の営みは普通に送れている。そうして優に三桁の月日が流れてしまった。後生大事に抱えて、もうどこにも行けやしない。
お前がいなければ生きていけないどころか立つことすらままならない。気づきたくなかった。気づかれたくなかった。お前は笑って受け入れるから。俺のことを許すから。お前に出逢ってから、俺はまるで人間みたいに感情を揺らしてばかりいる。戯言にもできない願いを抱えて、何度も殺した自分だけの神様をまた求める。色の無い世界で、無感動の世界で、お前が、お前ばかりが鮮やかに映る。お前が手を伸ばして、俺がその手を取ったあの日の路地裏から、すべてが始まってしまった。
世界でふたりだけならよかったのに。そんな馬鹿みたいな願いすら、お前はきっと許すんだろう。眩しいばかりの笑顔で。