少しだけ、安心した。
あの日にはもう何方らも居なくて、違う方向に歩き出せてた。良かった。本当は気掛かりだったんだ。怖かった。だってお前の手を拒絶したオレが、今こうして誰かと手を繋いでいる。可笑しな話だろう?滅茶苦茶だと、自分でも分かってるさ。だからこそ、気付かれたらと思うとどうしようもなくて。多分その時は、この手さえも離してしまう気がした。
でも違った。良かった。安堵する己の狡さや浅ましさたるや、でも、嗚呼。
どうか御武運を。
双方の気持ちが分かるからこそ、何も出来ない。
板挟みの中で、それでもオレは好きだからどうにか繋ぎ止めたくて。何処か見覚えのある景色だと思ったら過去にトリップしてた。何時もこうなんだ。きっとこれからも、恐らく。
果たしてこの選択は正しいんだろうか。繫ぎ止める事はあくまでオレの自己満足であって、最善では無いのかもしれない。他人の人生を縛る権利は誰にも無いのに、分かっているのに。
今日も今日とて、オレは自分が大嫌いだ。
でも誰よりも、愛しい。
住めば都、何て言うが、どうやら間違い無いらしい。
いかんせんオレは下宿先シックだ。ホームもシックだが、あの狭く完全にオレの領土である住み易い空間も恋しい。それから友達。一ヶ月、生き延びる事が出来るのやら。
不安もある。そう言えばオレは存外不安症の気があるようで、出掛ける前から不安が凄い。彼奴に言ったら笑っちまうだろうけど。
ひとりでも生きられる力を。
オレは低体温だ。常に三十五度前半をキープし、更に加えて末端冷え性。冬場は本気で命の危機を感じる民。反対に今吉は常に温い。って言うか、最早この時期になると暑い。暑苦しい。
それでもこの前はオレの方が手が温くて。「温ッ、森山熱あるんちゃう?」「は?元気なんだけど」「いやワシより温い」「今吉が冷えてるんじゃね?」その後も「ホンマに熱ない?」「しんどない?」「頭痛ない?」「腹痛ない?」の質問攻め。大丈夫だと返しても、「ホンマに?指切り出来るか?」と。オレの信用の無さよ。そして相変わらずな今吉の過保護さに乾杯だ。少し頭が痛くて悪寒がした事は言えてない。
傘をささない天邪鬼。
数日前から頭が痛む。腰の怠さと体温も可笑しい。オレが熱い。何せ梅雨真っ最中だから気圧のせいだと思ってたけど、医者に言われたストレス性って単語に驚きを隠せなかった。マジか。
心身共に疲労が溜まってたらしい。赤信号だと怒られながら点滴パックの中で落ちる雫を眺めて、このBPMって幾つ位だろうとか考えてた。話を聞いてない事は勿論丸解りで、更に怒られた。解せん。
未だ今吉には言えてない。多分言えば心配してくれるし、気付かなかった事を謝罪してくれるし、更に過保護が増すんだろう。只でさえ、会う度に執拗な程に体調確認されるのに。迷惑を掛けたくない。嫌だろ、こんな二十歳を超えて手前の体調管理さえマトモに出来ない何て。構ってちゃんみたい。
だからバレる迄は上手く誤魔化そう。幸い次会うのは日曜だし、泊まりじゃない。其れ迄には多少落ち着くだろう。
気付けない。気付かさない。