幸いにも僕は恵まれて生まれ育ってきたほうだとは思う。 当然今日は祝福を受ける日だ。 幼さ特有の傲慢さだね。そう思ったときもあった。 家族の皆から頭を撫でられる心地よさ。 抱き締められる腕の温もりは今でも僕の記憶にある。 近頃はそうされたものではないが。 言葉で、笑顔で祝福をくれる。 家族に限らず、親しき者たちや、僕を好いてくれている者たちすべてが。 そう、そうして受ける祝福は等しく嬉しい。 ……とは、思うのだけど。 あぁ、今から誰にも打ち明けることのない話をする。 僕を愛してくれる世界に相反することを。 この世界のすべてにそっぽを向かれてしまうようなことを。 僕はね、君からの祝福が何よりも嬉しいよ、影片。 君が僕へ掛けてくれる言葉で僕は生命を抱く、 君が僕へ触れてくれることで僕の輪郭は光を持つ。 影片、なんだか今、とても君に会いたい。 |
ひとりの仕事を終えて帰ろうとしたところ、 わざわざ遠方まで追いかけてきた影片に待ち伏せをされた。 出演者が出てくるのを待つのはマナーがないよ。 イベント側の人間が好意で席を用意してくれ、 夏の名残をふたりで眺める。 黙って座っているだけとはいえ、夜は身体も冷えるだろう。 気が気でなく隣を見ると 美しいものをそっちのけで影片は此方を見ていた。 ……僕の顔などいつでも見られるのだから、 この一夜の儚い芸術を目に焼きつけるべきでは? 彼曰く、一日として同じ僕はないそうだ。 ……まぁ、一理あるね。 そう考えると、僕が見逃している彼の姿もあるのだろう。 それは何だか……とても惜しく感じられるね。 一年にして365枚のアルバムの、写真がこれから幾つ欠けるのだろうか。 |
プロデューサーから入った連絡によると影片は体調が優れないらしい。 あれほど常に身体の調子を気にかけるようにと言い聞かせていた。 にも拘らずだ。 現在入っている仕事にもある程度の調整が必要になってくるだろうね。 あぁ、影片から連絡が入っているだろうけれど 改めて事務所へ連絡を入れる必要もあるか……。 小言のひとつやふたつは僕が受けなければ。 煩わしいが仕方ない。 #「勝手にお仕事キャンセルしたやろ!」 「元々僕ひとりの仕事だったよ。」 #「ちゃうやろ! #しかも!しかも!フランスに帰る予定だって一日早くしとる!」 「よく気づいたね?」 #「『よく気づいたね?』やないやろ! #次の日のデートの予定〜!」 「しないよ。君は病人何だから部屋で寝ていなさい。 その間に仕事は完璧にこなして僕は帰る。」 #「い〜や〜や〜〜!」 「君ね、仕事は断って遊ぶことはするなんて信用を失うよ。」 #「勝手に断ったんやろ〜!お仕事はする!デートもする!両方!」 「君はただの人間なのだから両方しなくても良いのだよ。」 #「こっち来るん何ヶ月ぶりやと思っとるん!?勝手に決めんといて!」 「君が具合が悪いのに無理をするからだろう。」 #「無理やないんよ!!!! #勝手に現場に押しかけてお仕事したるからな!そのまま帰さへん!!」 はぁ……人間になったかと思えばいやいや期かね……。 子育てをしている気分だ。 |
……夏は生の気配がする。 それを好ましいと思うか、気持ちの悪いものとして捉えるかは、 ひとによって異なるのだろう。 万物を炙る太陽の日差しは、何かの罰のようだ。 その目線で見れば聳える入道雲は巨人だろうか。 光の反射きらめく光芒を受けて地上の人間を見下ろしている巨人だ。 適した名を探すのなら、彼は〘アトラス〙だろうね。 天空を背負わされる罰を受け、挙句に身を焼かれている。 負けてしまったものの宿命だね。いつの世も。 そうまでして生きている。愚かなことだろうか。 ……どうだろうね。 僕はそんな生き方は御免ではあるけれども。 与えられた役割を無駄に背負いこんでいる間、 それと引き換えに自分を確立することはできる。 役目さえも失ってしまったら、巨人の彼はどう生きていくのだろうね。 ……と思っている間に雲の前を飛行機が横切り 無表情だった彼の口元に笑みを描いた。 ……見下ろされて笑われるとそれはそれで腹が立つね。 何様のつもりかと天へ突っかかる前に、部屋へ戻るとしよう。 |
朝、ベッドの上で目を覚ます。身体はすこし重い。 僕が眠った後か、 記憶は定かではないが……影片が僕のものを隠したらしい。 影片は度々、僕のものを自分の宝物だと言って隠し始めるのだ。 返してもらわなくては困る。とても困る。 ……リスか何かの動物が好物の木の実を埋めた場所を忘れ、 そのまま春になって芽が出てしまうことがあるという。 まぁ、あくまでこれは喩えなのだけど。 影片が起きてこないものだから、 こんなつまらぬ空想で気を紛らわすしかないのだよ。 ひと晩でまた体温は冷たくなってしまったようだ。 軽く肩をゆすっても反応はなく、 端麗な人形がそこへ横たわっているばかり。 早く、早く起きて。 ひとの、〘影片みか〙になって。 |