#「あ!あんな、お手紙書いたんよ!」 「へぇ……わざわざ?何かあったのかね?」 #「んふふ、届いてからのお楽しみや〜♪」 「まぁ、気長に待っておくよ。」 #「ポストに入れたん一週間前やったから!もう届いてるかも!」 「ふむ。それなら届いてもおかしくはないね。 明日の朝にでも確認しておく。」 #「今!見てきてや!ついてるかもしれん!」 「……面倒……。」 #「すぐ!行ってきてや!」 「そんなことでこの僕を動かすとは君も偉くなったものだね……。」 そうして届いた君の言葉の欠片をレターナイフで開く。 懐かしい君の香りがしたかと思えば、転がり出る不透明な袋。 あぁ、君がよく舐めていたものだから君を思い出させたのか。 まったく……食品を手紙で送るかね、普通。 子供のような辿々しい文字がこれでもかと詰め込まれ、 読むだけで表情豊かな君の顔が眼に浮かぶ。 最初こそこちらの様子を窺う内容だったけれど、 段々と文章が変わっていっていた。 まるで「あれも欲しい」「これも欲しい」と 駄々をこねる子どものように。 僕が帰ってきたら行きたいところ、したいこと。 感情のままに書いているとわかる。 最後の最後、一番感情の込められた書きなぐりのような文章には 「逢いたい。」 の一言だけ。 その言葉で、君の声が鮮明に蘇った。 寂しがるときの君の声だ。 今まで電話口で聞いていた声とは違う、ほんとうに寂しいときの色。 ……僕は今の生活を気に入っているし、君と離れたことに後悔はない。 けれど……この時ばかりはこの距離が、もどかしい。 |
好いた相手の前でこそ、完璧さを失えない。 その感情は僕も理解はできる。 まぁそもそも君なんて僕の前で完璧だったことなどないのだから、 何をいまさらという話なのだけど。 それでも弱さを見せまいとする。 ……人間はそうしてしまう生き物なのかもしれない。 そう、理解できるどころか…… 僕の抱える同質の見栄や虚勢。 そもそも、君は〘映像の僕〙を見てここへ来たのだと、 そう言っていたものだから。 君が僕の隣にいることを志すに足る僕でいなければならないと。 そんな強迫観念を僕の心へ築き上げ、 そして壊したのは君なのだけれどね。 『Valkyrie』の『斎宮宗』を 恋人の前ではただの人間として愛を学ぶだけの 肩書きのない『斎宮宗』へ変えてしまった。 愛したのはそのままの僕だと。 僕を〘フレームの中〙から引きずり出した。 介在するものなく直接僕を見るその眸子は僕をどう捉えるのだろうね。 願わくば愛の光を見いだしてくれることを。 |
君はいつだってなかったことにしようとするけれど、 この世には良くも悪くもすべての瑕が残る。 そう、いまだ愛しい僕の『Valkyrie』へ瑕が残るように。 僕がいる意味はあるのか。 石片を投げ込まれた水面のように 僕の存在の意義が揺れて掻き消えてしまうのなら。 >(05/24) 僕が思っているよりもずっと、 良い意味で……世界は僕らふたりきりではないようだよ、影片。 >(05/25) そう、世界には僕らふたりきりであると思っていた。 僕らの外へも世界はあるのだけど、そこで何が起ころうと…… たとえ外の世界の地が割れて空が燃えようとも 僕らふたりの美しき世界には何の影響もない、とね。 そんな風に思っていた外の世界の住人が、 僕らの世界が崩れそうになる瞬間にそこから声をかけてくれた。 いまさらながら気づいたのだよ。 僕らの世界の外側に。 喜ばしいことだね、君はこんなにも愛されている。 |
夢の中の君は、過去の君だった。 跳ねる跳ねる糸車のように次々に無駄な言葉を紡ぐのに、 肝心なことは伏せていたあの頃の君だ。 存在の否定は甘んじて受けるのに、 恋慕の否定には声を失うほどだった君。 だから、良く言葉を飲み込んでいた。 夢の中の僕はあの頃の僕で、 ああそうだ……僕はこんな、こんな人間だった。 君の意思を意に介さず振るまっていた。 いまは思うところもあるけれど、 僕の精神もあの頃へ戻っていたものだから、 それの何が悪いことなのか理解していなかった。 そして僕は君のクラスの友人にこっぴどく叱責を受けたわけなのだけど。 夢の中で。 正夢というか、なんというか、奇妙な巡り合わせもあるものだね。 夢の中の僕よりも、 どうやら現実の僕のほうが聞く耳を持っているらしい。 しかたがないね、愛すべき君の、愛すべき友人からの言葉だ。 聞かないわけにはいかない。 影片、いつまで起きている気かね。 そうだ、ひとは恋叶うと眠れなくなるのだよ。 ようやく現実が夢より素敵になったのだから。 とはいえ……もう良い時間だ。 くまの出来た顔で起きてきたりなどしたら承知しないのだよ。 ああ。ゆっくりおやすみ。 愛しい僕の幸せ。 僕の幸せは嵌め込み間違えた宝石の瞳を持つ、 うつくしいひとの形をしている。 |
愛を囁く唇。 マラスキーノチェリーのような佳麗な唇をしている。 透きとおるように美しい。 溶けかかった飴のような舌に刺さる甘さ。 それ自体は子供騙しだ。着色料とたっぷりの砂糖。 そんなところも君に似ている。 ただし、上手く扱えば贅を尽くした菓子のように華やかで、 きらきらと美しい宝石のように輝く。 その唇が愛を歌う。 その唇が僕の名を歌う。 僕はその響きに天上の鐘の音を聴くのだよ。 近頃は不慣れな言葉を使おうとしているようだけれど。 僕はたしかに単純な好意の言葉は好かない。 人や物や事象……何にでも適用できるようなそれは。 やはり子供騙しに感じるね。 けれど、告白は詩を綴る授業ではない。 愛を優美なる詩として表そうなんて、考える必要はないのだよ。 君の全体が、君の存在が、僕への愛の証明なのだから。 |