長いって言われたから分割しとく


付き合いはじめの頃、先生に、

>私は性的なことには淡泊なのであなたを楽しませられるかわからない

的なことを言われてた。それを言われたときオレは大概なマヌケ面を晒した自覚がある。だってそうだろう？まさか先生からそんなこと言われるとは。見るからにそういうのとは無縁な男から急にそんなことを言われれば誰だって驚く。今までに聞いた感じ先生にはこれまで恋人らしい恋人はいなかったっぽくて、いつものメンバーで集まって悪ノリで猥談してたときもほとんど乗ってこなかった。……つうかもう、そういう知識あるか疑わしいくらいだった。オナったりはするらしいってことまではわかったが（叶が言葉巧みに誘導尋問してたのを横でドキドキしながら聞いてた。案の定顔が煩いと怒られた）、それもほぼ義務的なものだと聞いてなんとなく納得した。先生はそういうヤツなんだろうと。
その先生がオレの恋人になることを受け入れてくれただけでなく、性的な関係も視野に入れて付き合おうとしてくれていたとは。一緒に過ごしたりくっついたりする権利を手に入れたとは思ってたが、プラトニックな関係になるんだろうと思っていた。キスはしてぇと思ってたけど、その先のことは考えてなかったオレはあっけにとられて、それを見て先生がマヌケめ、と言いながら笑っていたのを妙に覚えている。

付き合ってしばらくは特に、オレは浮かれていた。かなり自覚があったが、かまわず浮かれてやった。先生は特別いつもと変わりねぇからオレからガンガンいかねーとこの関係はちっとも変わらないと気付いたからだ。暇さえあれば先生の送迎をしたり、食事に誘ったり、自宅に招いたり、ドライブしたり、買い物したり……とにかく、必要以上に会いに行った。オレは正直、毎日でも会いたかった。相手も忙しいのはわかってるし、疲れているときはあまり人と会いたくないというのは知ってたけど、オレはその例外になりたかった。とにかく会ってはできるだけベタベタしてやった。ベタベタくっつけばくっつくだけ、プラトニックな関係は無理だなと思った。正直かなり切羽詰まって、急に車の中でひっ捕まえてベロチューしたこともある。流石に怒られたけど、人目が気になるだけでチューはしてよかったらしい。かわいすぎるだろう。もうこの頃にはどうやって先生に乗り気になってもらうか、そればっか考えてたような気がする。そんなオレに先生は決まって、

>あなた……そんなにベタベタして楽しいのか
>何が楽しくて毎日私に会おうとする？理解に苦しむな
>あなたは本当に物好きだな

と、かなり苦言を呈していた。それでもオレの健気さが功を奏したのかなんなのか、会いたいといえば断られることはなかった。それはたぶん、先生なりの優しさみたいなモンだったんだろう。

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……いやはや、これは喜ぶべきなのかどうなのか。少し悩むところだな。受けて立つという程のやる気もないが、一度気になりだすとそればかりになってしまうだろう。嘆かわしいことだ。いっそ知らなければ平穏でいられたんだろうが。



あなたに言えば余所見をするなというんだろうな。わかっている。私の興味はいつもあなたのことだけだ。私がこんなに執心なのは珍しいことだぞ。自分で言うのもなんだが。

だからあなたの全てを私に見せてくれ。

オレはちゃんと反省したんだ。一歩ずつでも確実に前に進むために。弱いままでいることを許していた自分をちゃんと見つめなおして、先に進むことに決めた。だから、もう迷ったりしねぇよ。
ちゃんと見ててくれよ、先生。



どれだけ辛かろうが、怖かろうが関係ねぇ。オレが、オレ自身が前に進むためにはその手を取るしかなかった。トラウマなんていえば聞こえがいいが、それはただの逃げる理由だ。足が竦もうが手が震えようが関係ねーんだ。手を差し伸べてくれる人がいるなら、逃げ続ける理由なんざ後回しだ。甘いといわれても気にしねぇし、どれだけ無様でも構わねぇ。
たった一人、アイツがオレを見ててくれるなら、他のどんな奴に何と言われても関係ない。笑われても詰られても蔑まれても、ただ一人お前が見ててくれるなら、それでいいんだ。

……あ？重いって？
今更だろうが。オメーだって知ってるはずだろ。
ここまできといてやっぱやめとく、なんて言っても遅いからな。せいぜい大事にしてくれよ。

こないだ先生と飯食いに行ったんだけど……ほんとあの体のどこに入ってんだ？ってレベルでめちゃくちゃ食うんだよな。先生のご希望で焼肉行ったんだけど、最初からすげぇ量頼むからオレそんなに食えねぇぞって言ったらきょとんとした顔して
>これは私の分だが？あなたも頼むと良い
って……二人前じゃねぇのか。そんでもちろんおかわりしてた。すげぇ勢いで食ってるから横から焼いてやりながら食いっぷり見てたけど、ちゃんと上品に食ってるけど肉が秒で消えるんだよな……焼いても焼いてもすぐなくなる。焼くのが追いつかねぇくらい。オレも結構食ったなと思ったけど、その倍ぐらい食ってねぇか…？
最後はしっかりデザートも頼んでたんだけど、アイスクリームにシャーベットに焼き菓子に…あと何食ってた？シャーベットだけこだわりがあるのか、好みの味じゃないかもしれないって注文迷ってたから好みじゃなきゃ食ってやるよ、って言ったら嬉しそうにしてて可愛かった。絶対恋人の欲目だってことはわかってんだけど村雨が最近やたら可愛く見える……今に始まった話じゃねぇか。たまに、改めてクソバカップルだな〜って気持ちになってくる。まあそれはそれとしてあの嬉しそうな顔は可愛かった。デザート山程並べてちょっとるんるんしてそうなのもかわいかったし、シャーベットがお気に召したらしくて食べたあとニコニコしてたのもよかった。あんまり見てたら
>そんなに食べたいなら食べるか？
って一匙差し出してくれたのがほんとに可愛かった。あー、マジでかわいいしか言ってなくねぇか？またアイツらにバカップルって言われるな。
帰り道、美味かったな〜って言いながら帰ってたら、
>まだまだ食べれる
とか言い出して怖かった。無限焼肉じゃねぇか……って言ってたらうっとりして
>無限焼肉……一度やってみたいものだ
とか言うし。え……牛まるごと買い付けたりしたほうがいいやつ？

誕生日にいい思い出なんかなかった。特に子供の頃は、夏休み中に誕生日が終わるのだけが救いだった。惨めな思いをするのはできるだけ少ないほうが良い。物心ついたときには荒れ果てた部屋で最低限の金だけ与えられて生きていて、罵倒された記憶はあっても祝われた覚えはねぇ。たまにパチンコだか競馬だか知らねぇが何かに勝って機嫌がいい時にだけ、少しだけ置かれてる金が多い時があった……ような気もする。そう思いたいだけなのかもしれないが。
自力である程度稼ぐようになってからも特別な日にはしてこなかった。誰にも祝われることがない日を自分で祝うのもなんだか惨めで、好きなものをいくらでも買えるようになっても、丸いケーキも、有名レストランの豪華なディナーも、きっとオレの心を満たさないことを知っていたから。大人と言われる年になってもそれは変わらず、誕生日を誰かに話すのは苦手だった。金と権力と見目にだけ誘われて寄ってくる毒虫のようにギラギラと着飾った連中が上辺だけのおべっかでくれるおめでとうが、それなのに少しだけ嬉しい程度には飢えていた。子供の頃に得られなかったものを、大人になってもいつまでも追い求めてしまうらしい。結局いくつになっても満たされずに、高い酒をいくらも空けて朝までドンチャン騒ぎして、その虚しさや寂しさを誤魔化して暮らしていた。虚勢を張るのに必死で、何かを見落としてたんだろうな。いくつかになるとある夏の夜にわざわざ傷つけるような真似をされたのも、今思えば自分の寂しさに向き合ってこなかったことへの罰なのかもしれない。

振り返ればそんなふうに思えるのも、大切にこの寂しさを温めてくれたヤツがいたからなんだろうな。じゃねぇと多分今でも、虚しさと寂しさを抱えて何を求めているかもわからずに彷徨っていたんだろう。あの日からお前が両手で抱き締めて、大切にしてくれたから。今こうして、純粋な気持ちで丸いケーキに灯した火を吹き消すのを心待ちにすることができるのも、きっとお前のおかげだろうな。

ああ、嬉しいな。