プロデューサーから入った連絡によると影片は体調が優れないらしい。 あれほど常に身体の調子を気にかけるようにと言い聞かせていた。 にも拘らずだ。 現在入っている仕事にもある程度の調整が必要になってくるだろうね。 あぁ、影片から連絡が入っているだろうけれど 改めて事務所へ連絡を入れる必要もあるか……。 小言のひとつやふたつは僕が受けなければ。 煩わしいが仕方ない。 #「勝手にお仕事キャンセルしたやろ!」 「元々僕ひとりの仕事だったよ。」 #「ちゃうやろ! #しかも!しかも!フランスに帰る予定だって一日早くしとる!」 「よく気づいたね?」 #「『よく気づいたね?』やないやろ! #次の日のデートの予定〜!」 「しないよ。君は病人何だから部屋で寝ていなさい。 その間に仕事は完璧にこなして僕は帰る。」 #「い〜や〜や〜〜!」 「君ね、仕事は断って遊ぶことはするなんて信用を失うよ。」 #「勝手に断ったんやろ〜!お仕事はする!デートもする!両方!」 「君はただの人間なのだから両方しなくても良いのだよ。」 #「こっち来るん何ヶ月ぶりやと思っとるん!?勝手に決めんといて!」 「君が具合が悪いのに無理をするからだろう。」 #「無理やないんよ!!!! #勝手に現場に押しかけてお仕事したるからな!そのまま帰さへん!!」 はぁ……人間になったかと思えばいやいや期かね……。 子育てをしている気分だ。 |
……夏は生の気配がする。 それを好ましいと思うか、気持ちの悪いものとして捉えるかは、 ひとによって異なるのだろう。 万物を炙る太陽の日差しは、何かの罰のようだ。 その目線で見れば聳える入道雲は巨人だろうか。 光の反射きらめく光芒を受けて地上の人間を見下ろしている巨人だ。 適した名を探すのなら、彼は〘アトラス〙だろうね。 天空を背負わされる罰を受け、挙句に身を焼かれている。 負けてしまったものの宿命だね。いつの世も。 そうまでして生きている。愚かなことだろうか。 ……どうだろうね。 僕はそんな生き方は御免ではあるけれども。 与えられた役割を無駄に背負いこんでいる間、 それと引き換えに自分を確立することはできる。 役目さえも失ってしまったら、巨人の彼はどう生きていくのだろうね。 ……と思っている間に雲の前を飛行機が横切り 無表情だった彼の口元に笑みを描いた。 ……見下ろされて笑われるとそれはそれで腹が立つね。 何様のつもりかと天へ突っかかる前に、部屋へ戻るとしよう。 |
朝、ベッドの上で目を覚ます。身体はすこし重い。 僕が眠った後か、 記憶は定かではないが……影片が僕のものを隠したらしい。 影片は度々、僕のものを自分の宝物だと言って隠し始めるのだ。 返してもらわなくては困る。とても困る。 ……リスか何かの動物が好物の木の実を埋めた場所を忘れ、 そのまま春になって芽が出てしまうことがあるという。 まぁ、あくまでこれは喩えなのだけど。 影片が起きてこないものだから、 こんなつまらぬ空想で気を紛らわすしかないのだよ。 ひと晩でまた体温は冷たくなってしまったようだ。 軽く肩をゆすっても反応はなく、 端麗な人形がそこへ横たわっているばかり。 早く、早く起きて。 ひとの、〘影片みか〙になって。 |
#「このまま食べられるんやったら食べるのに。」 まさに今僕の肌に牙を立てながらそんなことを言うものだから、 このまま捕食されるのではないかと恐ろしかった。 「僕など食べても美味しくはないし、大した栄養は摂れないよ。」 #「ちゃうんよ、それがちゃんと問題ないことになってて、 #お師さんも痛いとかやなくて、食べても生えてくるんやったら!」 「仮に非現実めいた世界であっても食べる気にはなれない。」 知的好奇心を持つのは悪いことではないけれどね。 それがひとの発想に何処までもの広がりを持たせてくれるのだから。 とはいえ、僕には理解しかねる方向性だ。 「第一、ゲテモノじゃない。人間の肉なんて。」 #「美味しい!美食!」 「生理的に受け付けないのだけど……。」 #「おれやってお師さんやから食べるんやもん。」 「好き嫌いかね?好き嫌いなく食べなければいけないよ。」 #「お師さんが好きってこと!」 |
愛されていても愛されていなくとも、薔薇は薔薇だ。 その絹の手触りも、真紅も、芳しき香りも変わらない。 たとえ、誰からも愛されていなくとも。 僕もそう思っていた。 愛されることで変わる価値も、 愛されなくなることで変わる価値も僕は持ち合わせていない。 永遠不動の絶対的価値をこの僕は持っている。 ……と、そう思っていたのだけれど。 もしも僕が君から愛されなくなってしまったのならば。 僕は僕であることを保てるだろうか。 君が触れるからこそ僕の肌はあり、 君が愛してくれるからこそ体温を持つ。 君の愛なくして僕はもう。 |