近頃のあの子は何だかふてぶてしくなった。 自分が捨てられるという、 ありもしない幻想に憑りつかれることはなくなったし、 しきりに不安がることもなくなったね。 さみしいさみしいとピィピィ鳴くのは変わらないけれど。 どういう心境の変化があったのか。 曰く、 #「今のおれはお師さんにいっぱいすきすきされとる」 らしい。 ……色々な観点から異を唱えたいのだよ。 まぁ。まぁ、ね。 確かに僕の表現者としての能力はすさまじく高い一方で、 愛情表現という道では 今ひとつ能力を発揮できていなかったかもしれないけれど。 そんな風に言うほどかね。 ……言うほどかね。 それに、今の僕だって君に対し「好き好き」とは言っていないだろう。 君のような痴れ者じゃあるまいし。 ……そうだ、きっと君の頭がようやく受容体を身につけたのだね? 僕からの愛情を受け取る器官がなかったに違いない。 君の成長を喜ばしく思うよ。 僕らはこんな風に少しずつ成長していく。成長していける。 老いて死ぬまで。きっとね。 |
愛するひとを思い浮かべ、 愛するひとへ思いを募らせ、 愛するひとに思いを馳せる。 馳せる思いは千里も越える。 目に見える僕らの距離など ほんとうは存在しないのだよ。 いつだって君の傍らには僕がいる。 だからどうか寂しいと泣かないで。 いや……そう押さえつけるのは良くないね。 寂しがっても良い。 けれども、真実傍にいる。 それだけは忘れないでおくれ。 そうして君が眠れぬ夜を過ごさずに済むように。 |
普段はこちらへ戻ってきても作業に追われ、 外へ出ることもままならないけれど。 今回はどうしてもと強請られて久し振りに街を歩いてみることにした。 #「あっ!まい泉のお店や!買って帰ろ~?おれあれ好きなんよ!」 「ほう……君にしては良い趣味だね、良いよ。僕も昔から好んでいるし」 #「えっそやったん!?」 「一度発祥の地であるドイツにも訪れたいと思っている程度にはね」 #「ドイツ!?ドイツ……日本のもんやと思っとった……」 影片と好ましく思うものが重なることは今まで中々なかった。 けれど、マイセンを好むようになるとは…… 彼も芸術家の端くれらしくなってきたじゃないか。嬉しいね。 随分と気軽に購入しようとしていることは気になるけれど…… 彼も精力的に活動しているようだし、 自由に使える金額に余裕が出てきたのだろう。 ほんものを使うというのも良い刺激になる。 #「でも、お師さんがこういうん好きやって言うの珍しなぁ♪ #ほならお師さんの分も買うてこ~」 「そうかね?寧ろ君のほうが意外だったのだよ。 ……いや、もう少し悩んだらどうかね、安い買い物ではないのだし」 #「確かにちょっと奮発して買うもんやけど、おれのだけ買うのも~?」 成る程……自分だけ良いカップで飲むのは気が引けるものかもしれない。 「気持ちは分かるけれど、購入するならば自分で払うよ」 #「そんな気にせんでえぇのに~?別々に会計するんも面倒やし…。 #あっ、ほんならスーパー寄ってチーズ買いたいから #お師さんはそっち出して?」 「き、金額が釣り合っていないのだよ……!!」 #「そやけど~」 「せめて少し良いケーキを買うだとか……」 #「お師さんそんなに食べるん!?」 「そんなにとは失礼だね!!」 #「いや、でもぉ…お腹ぽんぽんになってまうで~? #さすがにお師さんはチーズ乗っけたりせぇへんやろけど」 「チーズを……?」 #「おん!まい泉にチーズのっけてチンするねん!」 「レンジは不可だろう!?」 #「えっ!?でもひえひえやからあっためたいし…!」 「マイセンに限らず温めるときはお湯を入れるのだよ……!」 #「お湯を……!?まいせんに……!?!?!?!? #ふにゃふにゃなってまうやん!?」 「紙製ではあるまいしならないが!?」 #「そら…そやなぁ、まい泉やし…」 「そうだよ……マイセンだもの……そんな造りの甘さは無いのだよ……」 #「えっ!?まい泉ってそんな頑丈につくられとんの……!? #外側ふわふわやん…?」 「流石に落とせば割れてしまうけ…ふわふわ!?外側が!? 近頃はそんな材質のものもあるのかね!?」 #「おおああおおおとしたら割れるん…!? #んあ……そとっかわと中身が分かれてまうってことやろか…?」 「え、あぁ、中身が零れてしまうこともあるね……」 #「んああ……大変やねぇ…」 「そうだね……大変だね……」 |
あの子は手放されたものすらも救い上げる手を持っているから、 きっとこの子もその類だろう。 「影片、あの猫の子……折角の瞳が零れ落ちてしまっているよ」 #「んあ?おん。知っとるよ」 「治してあげないのかね? いや、君も忙しくしているのだろうし……僕が繕っておこうか」 #「あれはあれでえぇの!」 「えっ、でも瞳があれではきっと痛いよ」 #「ゾンビの猫ちゃんやから平気やの」 「それは早く治療してあげたほうが良いのでは……?」 #「ちゃうの、それがかわえぇのん」 「病気の猫が可愛い……?」 #「病気ちゃうし!」 「遠慮しなくて良いのだよ。僕が治してあげよう。 手間でもなんでもないからね」 #「遠慮してへん!お師さんは手ぇださんといてっ」 「反抗期かね!?」 僕の手元へ持ってきたぬいぐるみは再び影片の手で飾り直されてしまった。 しっかり自己主張ができるようになったのは良いこととはいえ、 偶に何を言っているか分からないときがあるね……? しかし……流石に持ち主の許可なく手を入れることはできないが、 瞳がぽろぽろと落ちたままでは不便そうだね。 アイパッチでも拵えようか。 それぐらいならばあの子も許してくれるだろう。 |
僕は君の温度に追いつくことができたのか。 君の温度ばかりが熱くて、 僕は僕のひやりとした温度を申し訳なく思っていたけれど。 冷たくて、なのに触れた君は温かいと笑うから。 少しだけ認めてもいいよ。 僕は今きっと、君の温度が上がるのを待っている。 ひょっとすると待ちぼうけることになるかもしれないね。 僕は君がそうしてくれたように、温かいとは笑えないだろう。 それでも、ひんやりとした手も気持ちが良いものだから。 その手に満たされてあげようじゃないか。 |