君が君の心の中の美術館にお気に入りの肖像画を並べ立てるから 僕は僕の肖像画をそっと外しただけ。 |
背中を見る僕の気持ちを欠片ほども考えない君は。 成る程、透明人間になるというのはこういう気分なのかもしれない。 たとえば袖を引いたとして、 見えぬ者なのだから少し何かが引っ掛かっただけなのだろうと思われる。 その袖を引いたのは僕であるのに、だ。 僕がどんな行いをしようとただすり抜けていくだけ。 君は僕のことを大層価値のあるもののように語るけれど、 語るその口で僕が無価値であることを証明する。 両側から異なる力を掛ければ装飾品などいとも簡単に割れてしまうのに? |
僕ほどの人間とはいえ、どうしたら良いか分からなくなることもある。 一体誰が悪いのか、どうする手立てもないのならば。 責められる所以はなく、また責めるのも間違っていると感じる場合 振り上げた拳の置き所に迷うのだろう。 迷った挙句にその横面を張り倒してしまうというのが常なのだけど。 ……比喩なのだよ、これは。 言葉は言葉として出した時点で嘘になってしまうものだろう。 ほんとうの心は詩には乗らない。 心を飾るものが詩だ。 それを愛情の施しと取るか虚飾と取るかはひとにより違うのだよ。 |
僕は今までの自分の行いが間違っていたとは決して思わないけれど。 何なら、今だって君の為に必要なことをしたと思っている。 君を縛りつけるのは利己でありエゴだった。 だから、君を手元に置いておくべきではないと思っていた。 けれども、僕の言葉は薄く薄く刃を創って君を貫いただろう。 それこそ共に過ごす間に何度それを突き立てたか分からない。 少し前に直接尋ねたことがあった。 また、あの時の僕らを繰り返したらどうする、と。 君はそんなこと、もう忘れてしまったと言って、 それはそれは能天気に笑っていたね。 ……あの時は君も随分と僕を恨んだろうに。 もう自分を捨ててくれと、そう言っていたのは誰だったかね。 僕は時々心配になるのだよ。 こうして進めてきた歩みを台無しにはしないだろうか。 ……これは弱音だね。僕らしくもない。 少しだけ恐ろしいと感じている。今を。 |
あの子は、僕の帰国に合わせて それはそれはスケジュールを詰め込もうとする。 それこそ分刻みに、 あと何分で支度をして出れば何時にどこそこのお店へ着くだとか。 それから一時間ほど店内を見て、そこから歩いて数分の別のお店へ。 夕食は何時に予約を入れている。レストランの名前は――。 #「ほな、そろそろ出よか。」 「……。」 影片が身体を起こす動きに合わせてベッドの沈みかたが変わる。 #「お師さぁん?間に合わなくなってまうよぉ。」 「……。」 #「擽ったい!育ちえぇのにいたずらっ子なあんよやね~。 #どないしたん~?ご機嫌ななめさん?」 「……。」 ふっと目の前が翳る。きらきら光る星と青空が落ちてくる。 同じ場所にふたり分の重みが掛かって、先程よりもベッドが沈んだ。 「……あのね。」 「…………その、べつに大したことではないのだけど……。」 #「どないしたん?」 「……お店、行く時間なくなってしまったね。」 #「んあ?あぁ、べつにえぇんよ~。 #夜ごはんのお店は予約しとるけど、 #それだってまだまだゆっくりしても間に合うし。」 「……君とはなかなか会えないし、 行きたい場所にはなるべく付き合いたいのだけど……。」 #「ほんまにそんな気にせんでえぇんよ。 #気分とか、疲れとるとかあるやろし。」 「そういう理由ではなくて……。」 #「なくて?」 「まぁ……その……何となくぐずっていたのは 多分、そういうことなのだろうと思ってね。」 #「もっとしたかったってこと!」 「ノンッ!違う!」 #「ちゃうの……。」 「僕が言っているのは、 ふたりきりの時間を大事にしたかったということ!」 #「!!」 「こらっ!擦り寄ってくるんじゃない!」 どうしてこの男は詩的表現を汲むこともできないのだろうね。 僕らの距離は、飛行機に乗れば縮められる。一生会えないわけではない。 それでも、共に居ない時間のほうが長いから。 それに、衆目を集める職種だからね。 外で同じように身を寄せあって歩くわけにもいかないのだし。 #「嬉しい~。」 「……何が。」 #「お師さんがふたりきりの時間をたいせつにしたいて思ってくれたこと。」 「……浮かれているね。」 #「んふふ~。」 |