甘やかな恋は微睡みの如く僕を夢へと誘う。 夢の中に君の輪郭を見た。 僕はただ君を掴もうとするが到底指先に触れることはなく、 君もまた僕へ手を伸ばすがそれは触れることがない。 何故すり抜けてしまうのか。 それは、僕と君がおなじものであったから。 君の恋は僕の愛であり、僕の恋は君の愛だ。 そう理解したとき夢から目覚めた。 僕の隣には眠る君がいて、触れることができる。 僕と君は現実では別の存在だった。 それでもきっと、君は僕の一部だ。 |
装飾品のデザインというのは矢張り衣装とは勝手が異なるもので なかなかに僕の頭を悩ませてくれる。 ましてふたりの嗜好を纏めようと言うのだから、尚更のこと。 まぁその程度のこと、僕らは何度もしてきたもの。 過去を辿るような作業だ。 それすらも愛しい。 糸の代わりに君を繋ぎ止めよう。永遠の誓いで。 ねぇ、僕らは幸せになれるだろうか。 |
ひとり暮らし用の住居を探す影片が 唸るような声を上げてテーブルへと顔を伏せる。 #「ひとり暮らしの何が怖いってなぁ〜……おばけ……。」 あれはゾンビだの何だのと奇妙なものを好いているわりに、 幽霊の類いはとことん苦手らしい。 「塩でも盛っておけばいいのでは。」 #「お塩盛ったら結界なっておばけ閉じ込めるって説もあるから #迂闊に盛れへんのん!」 「へぇ……良い幽霊と閉じこもれるといいね。」 #「出なきゃえぇんやってー!!!!!!」 「大体僕、家の中では一度も幽霊に会ったことはないよ。」 #「おれもそうやけど!!!!!!!!!!!!!!!!!!????」 「いや、だからその、幽霊に会う確率は低いのでは?」 #「わからんやん!!!!!!!!!!!! #ひとりでおるときになんかへんなことあったらひえ~ってなるぅ。」 「向こうも人間なのだから 何の縁も恨みもない人間を殺しはしないだろう。」 #「辛いことがあって #世の中を恨みながら死んでったひとやったらわからんやん~!」 「それほど深い、世への恨みならば別のものへぶつけろ。」 #「芸術に!!!!!!」 「カカカ…♪そうだよ、僕がそう話してやるから出たら呼びたまえ。」 #「つよぉい……けどなぁお師さん、そういう話やあらへんのん…… #出てほしくない〜……。」 |
入浴の時間が好きだ。 ひとりきりになれる空間と静寂だけが僕の心を満たしてくれるのだよ。 灯りを消して窓の外から入ってくる微かな光以外の情報を遮断すれば 僕は僕の世界へ没入することができる。 #「お師さーん、お師さぁーん、まだぁ?まだ終わらんの?」 ……喧しいね。 唯一ひとりになれる時間ですら奪おうというのか。 そうでなくとも僕の時間の8割は彼と共にあるというのに。 ようやく手に入れた静寂を裂くように浴室の外から歌が聞こえる。 調子外れの歌だ。 まったく……上がったら調律してやらなければならないね。 #「あれ、電気……うわっっ足長っっえっち……!」 「勝手に開けるなっ!僕、僕はえっ……〜〜ではないのだよ!」 唐突に点いた灯りに目が眩んで反応が遅れた。 バスタブの縁に頭を預けて湯の中を揺蕩っていたものだから、 浴槽の中に踵を収めておけずに反対の縁へ上げておいたのだったね。 それを見ての影片の叫びだ。それにしても五月蝿い。 #「いや、ちゃう、はよ上がって!お師さんおらん時間いやや〜!」 「……君にもひとりの時間は必要だと思うのだけど。」 #「そんなもん要らん。」 これからの人生で、 果たして僕が僕だけの為に過ごせる時間はあるのだろうかね。 共にいない間も、君のことを想わされるのだから。 僕の時間は全て君に奪われてしまった。 |
使い込んだ艶のある衣装櫃。 引き出しの中の箱庭に眠る小さな僕がいる。 #「〘「君がバラに費やした沢山の時間が、 #君のバラを特別なものにしたんだ。」 #バラのワガママに愛想を尽かして #小惑星を去った王子が地球で学んだ真実の言葉。 #これはあなただけのバラ。〙」 「……?『星の王子様』だね?」 #「そうなん?」 「君……驚くぐらい教養がないね。 そのフレーズで想起される物語などひとつだろうに。」 #「読んだことあらへんの! #読んだことあるんは…… #『エルマーのぼうけん』と『からすのパンやさん』!」 「そう……。引き出しの中身を増やしたらどうだね。 底抜けの引き出しでは程度が知れているかもしれないが。 理想の衣装を仕立てるとき、 生地の種類が少なければそれだけ表現の幅が狭まるよ。 君は引き出しの中に好きなものしか詰めないが、 この服にはこれ……と、 嫌いな……扱いづらい材質の生地を使うこともある。」 #「んああ〜〜?」 「自分で考えなさい。どうも説教臭くなって良くないね。 それで、突然何。」 #「お師さんいっつもえぇ匂いしとるから #香りに気を使ってるんやろなと思って。 #それで、好きそうなんを見てたんよ。」 「あぁ、香水の〘ストーリー〙かね。先程のは。僕に似合うと?」 #「ううん、おれっぽいなと思って。」 「誰が我儘なバラだ。……原書を読んでみたらどうだね。 フランス語、分かるようになるかもしれないよ。」 #「それはえぇねん。 #おれはお師さんが好きそうなもん見るので忙しい。」 「チッ。そういうところだよ、君は。」 ✶ 玲瓏たる姫君。或いは自由で勇敢で高貴なる守護者へ。 今更ながら愛溢るる便りへ返そう。まず最初に。あの子が世話になっているね。 君との交友を語る表情は僕ひとりでは見られないもので、 君が良き友人として傍にいてくれていることが良く分かる。 迷惑どころか感謝しているよ。僕も、あの子も。 これから世話も迷惑もかけるだろうが、変わらず傍に居てくれたらと思う。 ……多少はまぁ、君のアドバイスに耳を傾けて飴を与えてやっても良い。 さて。僕の怒りは僕のものだ。抱くも消すも誰の指図も受けないのだよ。 だから君が気に病む必要はないことだ。 ただ、愛する子の友へ降って湧いた不条理に怒り嘆いただけなのだから。 あの子のことも気にしなくて良い。 怒りを宿した瞳は目も眩むような燦たる美しさを持つのだよ! あぁっ、普段は見られない非公開の聖堂内部を特別に拝観できた気分だ。 何とも素晴らしいね……♪ ……こほん。兎も角。僕らは曇りもしていないよ。 だから君は笑っていると良い。 僕らが願うことは君の慶福だ。 しかし、しかしねッ!あれは頂けないね! 思わず僕はアパートのソファから転げ落ちたのだよ! 『匿名なのに反応したらバレちゃうわよ?』 ノンッ!だめっ!今のなかったことにするッ! |