11月らしからぬ気候の所為か、 日の当たる窓辺に椅子を寄せて目を伏せる彼。 その影があまりにも美しいシルエットを保っているものだから このまま彫像へ仕立てるのも良いかもしれない ……と、そんなことを思った。 ほんの一刻ほど眠っていたらしい彼が慌てて起き出して、 何やら並べる言い訳を聞く。 まぁ、こんなところで眠るのはどうかと思うよ、僕も。 けれどもう少し鑑賞していたかった気もする。 美しい、僕のニケ。 |
「寒い」と言ってこの手を手繰る指先の冷たさ。 「温かい」と言って僕の指先を辿る指先の冷たさ。 「欲しい」と言って僕を手折る指先の熱さ。 |
今宵は良い月夜だ。 月下では何が起ころうとも不思議はない。 さぁ影片、客人を招く支度をしたまえ! ……影片? ……影片!どうして扉へ鍵をかけるのかね。 しかも、そう厳重に。 これでは迷いびとも入ってこれやしない。 ……君、また吃音が酷くなってきたね。 綻びを繕ってやるからおとなしくしたまえ。 何……?鍵は外すな……? ……はぁ、そうは言ってもね。 年に一度、魔力の高まるこの日 この機を逃すわけには…… チッ!情けない声を出すな。 放っておくと不協和音ばかりを 休みなしに奏でるのだから。 世話の焼ける子だね、君は。 ……直してあげるからこちらへおいで。 | こら、繕っている最中だ。 頰が裂けてしまったらどうするのかね。 無理に話そうとしなくて良い。 君が何を言わんとしているかなど この僕にはお見通しなのだよ。 ……それでも、自分の唇で囁きたいと。 へぇ……随分一人前のことを言うものだ。 よろしい。綺麗に繕えたから、 あとは次第に……勝手に唇が踊り出すよ。 美しい声で僕への愛を囁いて。 夜明けまで、愛の言葉を踊らせよう。 さぁ、踵を鳴らして。 それを合図に世界は二人の姿を見失う。 その館の在処も今は杳として知れぬもの。 まるで絵本のページを捲るように 全てが消えてしまったのだから。 |
〘生きる理由〙は自ら定めるものであるし、 人生の中に見つけることができる。 ……しかし、〘生まれてきた意味〙を得られる人間はきっと少ない。 いや、この〘意味〙とて最初から持って生まれるものではない。 意味を自分自身へ問いかけて、そうしてようやっと得られるものだ。 存在への問い。〘raison d’etre〙というものだね。 そうして〘生まれてきた意味〙を自身へ問うたとき、 暗闇に浮かぶ光の輪郭は…… あぁ、僕はこれをよく知っている。 頭の中でその輪郭を手繰り寄せた。 柔らかい光が形を持って、僕の腕の中にある。 影片。君が僕の意味だろう。 君を愛することが、君と共に生きることが、 僕の〘生まれてきた意味〙だ。 ……影片、明日も仕事なのだから僕は部屋へ戻るよ。 ぐずるんじゃない…… ……誕生日にひとを困らせる人間がどこにいるのかね……。 |
ふたりでの仕事を終えて、再び発つ日の夕刻。 見送ると言って聞かない影片を仕方なく連れて空港へ来たときのこと。 #「お師さん次いつ戻ってくるん〜?なぁいつ?いつ?」 「こちらでの仕事が入れば。」 #「なくても!!」 「僕は忙しいのだよ。」 #「早くお師さんに会いたい〜。会いたいよう。会いたい……。」 「今会っているだろうに。」 #「わからん……夢かもしれん……。」 「へぇ、本物の僕を前にして随分と寝ぼけたことを言うのだねぇ。」 #「夢やから足りん……早く会わんと死んでまう〜……。」 「今の僕は夢だそうだからもう帰ることにするよ。 ほら、さっさと目を覚ましたまえ。影片。」 #「やや〜〜!まだいっしょにいる〜〜! #ヘリも飛行機もお迎えにこないで~!」 「ノン!多くのひとの予定が狂ってしまうだろう! 反省するまでそこを動くな!」 #「反省した!やっぱりおれも行く〜〜!」 |