部室の暖房機能が壊れた? その場合は何処へ申請を出せば良いのかね? 寒いのだけど。寒いのだけど? ああまったくもう、 教室の喧噪から逃れて安息の地へ来れたかと思えばこうだ。 常々思っていたのだけれど、どうも僕は運がない。 折角だから窓を開けようなんて馬鹿かね? モスクワの冬にも匹敵する寒さなのだよ。 そうだ、紅茶を淹れるのが良い。 濃いめに淹れてロシアンティーにでもしようかね。 ぬくめたカップがあれば かじかむ指先も多少はマシになるだろう。 |
11月らしからぬ気候の所為か、 日の当たる窓辺に椅子を寄せて目を伏せる彼。 その影があまりにも美しいシルエットを保っているものだから このまま彫像へ仕立てるのも良いかもしれない ……と、そんなことを思った。 ほんの一刻ほど眠っていたらしい彼が慌てて起き出して、 何やら並べる言い訳を聞く。 まぁ、こんなところで眠るのはどうかと思うよ、僕も。 けれどもう少し鑑賞していたかった気もする。 美しい、僕のニケ。 |
「寒い」と言ってこの手を手繰る指先の冷たさ。 「温かい」と言って僕の指先を辿る指先の冷たさ。 「欲しい」と言って僕を手折る指先の熱さ。 |
今宵は良い月夜だ。 月下では何が起ころうとも不思議はない。 さぁ影片、客人を招く支度をしたまえ! ……影片? ……影片!どうして扉へ鍵をかけるのかね。 しかも、そう厳重に。 これでは迷いびとも入ってこれやしない。 ……君、また吃音が酷くなってきたね。 綻びを繕ってやるからおとなしくしたまえ。 何……?鍵は外すな……? ……はぁ、そうは言ってもね。 年に一度、魔力の高まるこの日 この機を逃すわけには…… チッ!情けない声を出すな。 放っておくと不協和音ばかりを 休みなしに奏でるのだから。 世話の焼ける子だね、君は。 ……直してあげるからこちらへおいで。 | こら、繕っている最中だ。 頰が裂けてしまったらどうするのかね。 無理に話そうとしなくて良い。 君が何を言わんとしているかなど この僕にはお見通しなのだよ。 ……それでも、自分の唇で囁きたいと。 へぇ……随分一人前のことを言うものだ。 よろしい。綺麗に繕えたから、 あとは次第に……勝手に唇が踊り出すよ。 美しい声で僕への愛を囁いて。 夜明けまで、愛の言葉を踊らせよう。 さぁ、踵を鳴らして。 それを合図に世界は二人の姿を見失う。 その館の在処も今は杳として知れぬもの。 まるで絵本のページを捲るように 全てが消えてしまったのだから。 |
〘生きる理由〙は自ら定めるものであるし、 人生の中に見つけることができる。 ……しかし、〘生まれてきた意味〙を得られる人間はきっと少ない。 いや、この〘意味〙とて最初から持って生まれるものではない。 意味を自分自身へ問いかけて、そうしてようやっと得られるものだ。 存在への問い。〘raison d’etre〙というものだね。 そうして〘生まれてきた意味〙を自身へ問うたとき、 暗闇に浮かぶ光の輪郭は…… あぁ、僕はこれをよく知っている。 頭の中でその輪郭を手繰り寄せた。 柔らかい光が形を持って、僕の腕の中にある。 影片。君が僕の意味だろう。 君を愛することが、君と共に生きることが、 僕の〘生まれてきた意味〙だ。 ……影片、明日も仕事なのだから僕は部屋へ戻るよ。 ぐずるんじゃない…… ……誕生日にひとを困らせる人間がどこにいるのかね……。 |