スレ一覧
┗976.ラストバレル(32-36/50)

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32 :黛千尋
2016/01/19(火) 15:15

曇り/30

企業の面接で、スーツ姿の厳しい顔をした男たちの一人はオレに聞くのだ。「あなたはチームにどう貢献しましたか?」と。

いつかの妄想は一向にはかどらなかった。理由?そんなものただひとつしかない。オレは、あいつの手で作られたシナリオに乗っただけだ。そのオレが、あたかも自分の手柄のようにあの一年間を語ることは、たとえ100人が「構わないだろ」とオレの背中を押してきたとしても、できやしないからだ。
オレは最初から作り笑いなどしていなかった。いつもの無表情で、一言だけ告げて席を立つことになる。
オレは妄想の中で何度も無職決定になってしまうのだった。何度やっても。時折、本当に最初のところまで元に戻って、やり直してみたらいいんじゃないか、というあらぬことまで考え始めるほどだ。つまり、あいつに勧誘されたあの日、一度そうしたように、食い下がられても「断る」と言い放つ選択肢だ。あいつは恐らく、2回目くらいで諦めていただろう。

馬鹿げてるよな。

ライトノベルの主人公のように、向こうからやってくるイベントをあるがままに受け流す生活。それはオレのスタイルだったが、オレが望んでいたことでもなかった。

誘ったのはあいつだ。だが、応えちまったのはオレだ。

オレは今、手をこまねいているんだろうか。
だとして、オレはなにをしたいんだろうか。

スーツの男たちにオレは、オレのことではなく、あいつのことを語りたいと思っていた。

それだけは、わかったさ。

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33 :黛千尋
2016/01/23(土) 23:38

曇り/29

日記なんぞを書き始めるようになって気がついたが、天気にはあまり種類がない。
晴れ、曇り、雨、雪。雷なんぞ滅多に鳴らないしな。気候の穏やかな日本列島様はありがたくもこんなローテーションを繰り返して穏やかでつまらない日常を演出してくださっている。雹や霙が降ったらオレは喜々として日記に記すんだろうが、未だにそんな気配はない。突風が吹くこともなかったし、極めて平和なお天気模様だ。オレは、空の9割が雲で覆い尽くされていたら曇りと書くことにしている。そう考えると、日照時間はやや少ない一ヶ月だったのかもしれない。

昔、オレは地震よりも風鳴りに怯える子供だった。地面が揺れて電灯がホコリを落としても、棚の上の置物が落ちても平気で絵本を読んでいたが、窓の外で暗雲が渦のように空に立ち込め、高いところから、低いところから、おぞましい楽器のように音と立てる風が窓をガタガタと震わせるのは、どうにも我慢できなかった。あの音は、布団の中に隠れても耳にこびりつくように響いてくる。お気に入りの本を抱えながら、オレは一人で小さく縮こまっていたように思う。
両親は共働きだったからな。そんな夜も、時にはあった。

いつからか、風鳴りもそんなに恐ろしいものではなくなった。
外で聞くと未だにビクビクするけどな。

ものごとは、何でも風化する。いつまでも生々しいものなんて、そんなにありはしない。
天気でさえローテーションしていくんだ。人間の細胞だって、日々入れ替わっていくにつれ、新しいものも古いものも、よくわからずに、同じように見えていながらいつの間にか全く別のものになっている、なんてこともあるのかもしれない。

とはいえ、WCが終わって一ヶ月かそこらだ。
オレたちに向けられたのではないあの歓声は、まだ風鳴りのように耳にこびりついている。

2月がやってくる。

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34 :黛千尋
2016/01/27(水) 09:43

晴れ/28

修造君もなかなかのコミュ力の持ち主ではあったが、オレが知り得る強豪バスケチームのメンツの中でも、高尾和成という男はコミュ力がカンストして突き抜けてとんでもないことになっている男だった。
始めて奴を見たのは当然WCの準決勝だ。見た、ではないな。相対した、と言っていい。何せ奴がいたおかげで、オレはろくすっぽ力を発揮できなかったんだからな。

ミスディレクションというのは別に魔法でもなんでもない。それはオレが最初に天帝様に教わったことだ。影の薄さを利用したそれは、タネも仕掛けもあるれっきとした技術。手品のようなものだ。たとえタネがわかっていても、釣られるやつはいつまでも釣られるし、慣れてしまえば効果もなくなってしまう。つまり、うちの主将しかり、「見えている」奴には「見えてしまう」のが視線誘導だ。魚影を捉えるレーダーを想像してほしい。俯瞰的で広域な視野を前に、魚はどのように泳ごうが逃れることはできない。まさしく、網にかかった哀れな獲物というわけだ。
誠凛の伊月も持っているイーグルアイや、高尾のホークアイはそのレーダーであり、オレとの相性は最悪だ。オレの武器はパスだけじゃないが、パスがなければただの凡庸なナイフでしかない。だからあの準決勝は、ある意味誠凛戦よりもオレにはやりづらいものだった。実質4人で戦わせているようなものだったからな。鷹の爪にかかったオレは、じたばたともがき、数々の失態に呆れた天帝様は嘘のような笑えないパフォーマンスをしてオレ達を鼓舞した。あんなにも嬉しくない勝利もそうそうないだろう。オレが感じたのは安堵だけだったんだからな。

そんなわけで、オレは試合中に始終不敵な笑みを浮かべてオレの動きを封じ続け、あまつパス回しに特化したオレのプライドを打ち砕くような完璧すぎるパスを緑間にまわす一方で、飄々とした素振りの高尾和成という人間のことが、きっと嫌いだろうと思った。

その予感が実感に変わったのは試合後だ。ミーティングを終え、誠凛と海常の試合が始まるまでの束の間のインターバルで、オレはトイレに行った。まあ、ありがちな光景かもしれないよな。頭から水を被って、鏡の前で俯いている敗戦した男、なんていうのは。
オレが驚いたのは、頭を垂れているはずの男が「どーも」なんて声をかけてきたからだ。ホークアイだってタネも仕掛けもある。視界に捉えたのなら俯瞰視点に置き換えて「見る」ことができるが、最初から見えていない限りは「見えない」のがホークアイだ。どうやって見えたのか、オレは戸惑って立ち止まってしまった。すると奴は顔を鏡に向けてこう言う。

「あ、あんたか。鏡越しに洛山のユニ見えたから反射的に。どーもすんまっせん、5番サン。さっきはドーモ。あー、手洗う?ワリィねー、すぐどくんで。……ぶっは、なんて顔してんの。幽霊見たような顔してますよー、大丈夫?いけると思ったんだけどなー、マジ。残念。アー、そんじゃ。またどっかで会うことがあれば…って、アンタ3年だっけ。んでもまたどっかで!」

オレがこんな中身のないだらだらとした文言を覚えている理由は一つしかない。奴の目が赤く腫れて、声だって無様に震えていたからだ。やっぱり、嫌いなタイプだなと思った。感情を覆い隠そうとして、隠せていないことを自ら笑って誤魔化し茶化す、オレが一番できないことをする男だ。

なぜそんなことを今更思い出したかというと、学校で奴に出くわしたからだ。何の事はない。秀徳バスケ部が練習試合に来てやがったのさ。おまえ、練習試合組みすぎだろ。オレはそう言いたくて仕方がなかった。

オレを目ざとく見つけ出し、「あー!アンタ5番の!マユズミさんだっけ!」と大声で騒ぐ秀徳のやかましい影に指をさされ、オレがどうしたのかと言えば。

黄瀬涼太の時と同じだ。
逃げたに決まってる。

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35 :黛千尋
2016/01/28(木) 22:21

晴れ/27

虹村修造が再来したのは、よく晴れた日の夕方だった。
修造君は感心にも、現地の学校の休みを利用して一人京都へやってきていた。それを知ったのはまさに青天の霹靂だった。メールが入っていたんだ。参考書と相変わらず熱い関係を築いていたところに、「オレ、修造。今、洛山の寮の前にいるの」と。お前、ついこの間も京都観光していたじゃないか。いろいろと言いたいことはあったが、既に来てしまっているものは仕方がない。オレは不承不承出迎えることにした。一ヶ月ぶりくらいに見る修造君は相変わらずの薄着で、ハッピーでサニーで陽気な様子で片手を挙げてオレに挨拶した。ヨッ、じゃねえよ。ところでよく見ると、修造君はあひる口だ。通りで人を小馬鹿にしたように見えるわけだよな。

修造君が再び京都に再来したのは、別にオレに会いに来るためでも何でもなかった。前回、都合がつかずに会えなかった一人の人物目当てだ。言うまでもない。ヤツが可愛がっていた、帝光時代のキセキの世代の後輩の一人だ。件の後輩に夕方からなら部活に顔を出して貰えれば挨拶をする、と言われのこのこやってきたらしい。随分お人好しだ。
とはいえ、修造君がヤツに会うのは中学以来のことらしい。まだ約束の時刻まで余裕があるから、ついでにオレにも会っておこうと声をかけたそうだ。そう話す修造君は、以前会った時よりもそわそわとして落ち着かない様子にも見えた。よほど楽しみにしていたのだろう。
修造君とは、寮の食堂で他愛のないことを話した。メールで交わした話題の詳細や、この頃どう過ごしているのか。オレは日々のつまらない受験生活について、一言二言だけ話して、あとは修造君の話を聞いていた。相変わらず、友達が多いんだろうな、と思う性格だ。顔を見ながら対面で話すと尚更そう思う。オレは修造君のような人間を前にすると、ほんの少しだけ萎縮する。眩しいからな。
つい、思ったことがそのまま口に出た。お前は眩しいな、と。修造君はきょとんと瞬きして、特徴的な口をすこし歪めて、「や、やめろよそういうの」と挙動不審になった。へえ。案外、面と向かってのストレートな言葉には弱いらしい。オレはほんの少しだけ溜飲が下がった。

時間になると、修造君は体育館に行くために立ち上がった。オレも一緒にどうかと誘われる。柄にもなく、返答に詰まった。普段なら一も二もなく断ってさっさと部屋に引きこもるんだが、その時、オレはつい乗ってしまった。

そしてすぐに後悔した。
オレは修造君の後ろに隠れて突っ立っていただけなんだが、数年ぶりに会う先輩を前にした時のヤツの笑顔を、オレは暫く忘れまい。修造君のことを呼ぶその声すら、うきうきと弾んでいた。その表情は、同学年で敵同士である黄瀬涼太を前にして見せるのとは、また別種のものだった。慕っている、というのはこういうことを言うのだろう。ヤツはもともとあまり表情を変えはしないしバリエーションも豊富ではないが、それでも見て取れる変化だった。
オレは極力ゆっくりと呼吸していた。心臓の辺りが冷えるのを感じていたからな。ヤツがすぐにオレの存在に気づいて声をかけてきた頃、オレはもう部屋に戻りたくなっていた。だから、修造君を送りに来ただけだ、などと嘘をついて、ゆっくり後退りした。
「黛サン」と、修造君がオレに呼びかける。その顔にはただ後輩と再会できた喜びだけが浮かんでいて、一片の優越感もありはしなかった。むしろ、なぜそんなものを修造君が抱いていると妄想したのかさえ、オレにはわからなかった。

嘘だ。わかっている。

まだ滞在してるなら、メールしといてくれ。オレは修造君に向かってそう言い捨てて、やはり逃げた。近頃、逃げてばかりだ。逃げてどうなるんだろう。何もかも先送りにしたところで、意味などありはしないだろうに。
それでも、卒業までと言ってしまったのもオレだ。

逃げ出す背後で、二人が何か言葉を交わしていた。
他愛もない、かつての先輩と後輩の会話だ。

オレはなぜ、ヤツのことを少しでもわかっていると思ったのだろう。
不思議でならなかった。

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36 :黛千尋
2016/02/01(月) 00:21

晴れ/26

昨夜の夜に来たメールによれば、虹村君は一週間くらいは日本に滞在しているらしかった。滋賀の親戚の家の世話になっているそうだ。滋賀とはまた微妙な距離感だが、致し方ないのだろう。
「オレなんかわりーことしたっけ?大丈夫?」という修造君からのメールの文面を見詰めて、結局返信せずに朝が来てしまった。全く自らに非のない人間というのは時に残酷だと思う。何も悪くないと思うのなら、平然としていればいいのだ。ただそれだけで、後ろめたいところのある人間は打ちのめされるんだからな。
PCを立ち上げて、特にもやる気もなくOC用のソフトを弄った。オレはPCが好きだが、それは何もオレの人間嫌いとは全く関係がない。よく、ラノベじゃ機械は人間と違って真っ直ぐで純粋だからいい、というアンドロイド崇拝のようなことが語られるが、オレはそうは思わない。機械のバグに振り回される人間はそれなりに滑稽だ。人間ならば多少ハートが傷ついたところで適当に稼働してくれるが、デリケートなPCはマザーボードに少し触れると途端に全てをシャットダウンしてしまうこともあるんだからな。
第一機械に感情などあるものか。ラノベじゃあるまいし。

修造君との待ち合わせ場所は、いつかオレが通りがかり初めて彼と出会ったバスケットコートだった。それにしても、なぜどいつもこいつもオレを受験勉強の息抜きに連れ出したがるのだろう。確かに休息は大切だし、1時間やそこら休めて受験に失敗する頭なら最初から大学など目指さなければいいとすら思うが、少しはオレをそっとしておいてくれないものか。なんだかんだと、奴以外の何かに流されてしまっている気がした。

バスケットコートですることなど1つしかない。
オレは実に一ヶ月とちょっとぶりにバスケットボールを手にして、昨日は腹が痛くなってクソをしに行ったのだというオレの嘘八百をまんまと信じた修造君と対面していた。
修造君は中学の頃の誉れ高い呼び名に反して、特に剛力というわけでもなければ、ずば抜けた高身長というわけでもなかった。ともすればオレよりも少し低く、肉付きはいいがオレから見ても細身の部類だ。こういう奴は、大抵バスケセンスがいい。
1on1なんて本当に久しぶりだ。こういう形で、中学最強のPFと謳われた相手と戦うことになるなんて、微塵も想像していなかった。オレだってPFの端くれだからな。それなりに興奮はするさ。

言うまでもなくオレの武器はパスだ。ミドルシュートが得意ではあるが、別段突出した特徴があるわけでもない。つまり、1on1でオレに修造君に勝てる道理は、どこにもなかった。
それでも、オレなりにそこそこいい勝負はできたつもりだった。修造君はアメリカのストバスで身につけたらしいトリッキーな動きが多かったが、毎日バスケ漬けとまではいかない状態らしく、曰く「中学時代のが強かったオレは」だそうだ。
明日の筋肉痛だけが心配だ。

日が暮れる前に、修造君にはお帰りいただくことにした。もちろんオレにしては相当丁寧に礼はしたさ。たまには身体を動かしたかったのは本当だからな。
帰りしな、オレは修造君に聞いた。おまえは嫉妬をすることはあるのか、と。

「あるよ」

短い返答は、それが浅からぬものであることをオレに伝えていた。
まあでも、バスケは5人でやるもんだからな。修造君はこうも付け加えた。ごもっともだ。一人だけが強くても、バスケは意味がない。意味があってはならない。
修造君は、さらにこう続ける。

「あいつの隣、しんどかったろ」

オレは、肯定も否定もしなかった。

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