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┗976.ラストバレル(37-41/50)
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37 :
黛千尋
2016/02/02(火) 10:21
晴れ/25
いつだったか、葉山だったか根武谷あたりが、自分は夢を全く見ないし覚えてもいない、と言っていた。オレは夢はよく見る方だ。中二病を発症していたオレは夢野きゅうなんとかのドグなんとかマグなんとかを読んでいたし、夢日記なるものもつけていた。明晰夢というやつを見ることに憧れていたのだ。自由自在に夢を操れて、夢の中で好き勝手できるというやつだ。
残念ながらオレは明晰夢は見た経験はない。せいぜいが、「ああ、これ夢だな」と意識の中で気づくくらいだ。前回もそうだったように、オレは麗しの妹・征子(仮名)を前にして、「ああ、これ夢だな」と思いながら突っ立っていた。
時にオレの性癖の話を少ししたいと思うが、オレは自分で言うのもなんだがほんの少し淡白なだけで、極々一般的な流れで性に触れ、その対象も個人的な好みの範疇として一般的なものからは外れないであろうことを自覚している。コンビニの成人向けコーナーはチラッと見てそっと目をそらす。
相変わらず征子はとんでもなく可愛いしオレ好みのドンピシャストライクを突き抜けて心臓を抉るような破壊力を持っていたが、恐らくそれはこのレベルの美少女を前にしたら誰しもがそうであろうと断言できるし、つまりオレには後輩(オス)を女性に見立てて萌えるような性癖は全く無いのだと言いたかった。
お前が出てくるのは、もしかしてあいつから連絡がくる知らせだったりするのか。オレは気づくとこう訪ねていた。
征子は触り心地のよさそうな赤毛のショートヘアにかかる前髪を軽く揺らしながら首を傾げ(とてもかわいかった)、生まれてくる時に目頭を切開したんじゃないかと思うほど大きな猫目を柔らかく細めた(艶めかしかった)。
「次の交差点を右に曲がったら大根畑で泳いでください」
征子の言葉にオレは頷いていた。
夢ってのは不思議だよな。どんなに整合性の無いことを言われても、脳内のシナプスがどこぞかと結合して、納得させるだけの説得力を持たせてしまう。人間の思考回路なんぞあやふやで適当なものだと実感するじゃねえか。
いや、納得できねえよ。
オレは起きた瞬間にこうつぶやいていた。
別に携帯に連絡も入っていなかった。
運命なんてものはそうそうありはしない。
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38 :
黛千尋
2016/02/04(木) 15:08
雨/24
そいつは自ら足を運んでやってきた。
慇懃無礼という言葉が似合うとすればこいつかもしれない。いかに年下とはいえ、丁寧に過ぎる口調は、確かこいつは同級生である火神相手にも使っていたはずだ。敬語がデフォルトって、こいつの親父さんはもしや教師で生徒と恋に落ちて生まれたこいつが幼い頃に風邪をこじらして亡くなっていたりするんじゃなかろうな。昔実家にあって読んだマンガの設定なんぞを思い出しながらオレは寮の談話室で黒子テツヤと顔を突き合わせていた。と言っても、オレはふんぞり返ってテレビなんぞを眺めていたんだが。だってそうだろ、オレがどうしてまともにこいつと会話ができるというんだ。こいつは旧型であってオレは新型で、OSが刷新されたマシンは互換性に弱いと相場が決まっている。窓を10にアップデートしたみなみなさまがたご愁傷様といったところだ。新しいものは大体叩かれる。ああ、前の方が良かった…。うるせえ、新しいものは別に古いもののために生まれてきたわけじゃねえ。
既にお決まりになった洛山の強豪を呼び寄せての練習試合はどうやらたまたまでもなんでもなく、主将様の計らいであることは間違いなかった。海常にはじまって、秀徳、誠凛。来週あたりはきっと桐皇がやってくるに違いない。どいつもこいつも関東くんだりからよくぞ京都になんぞやってくるものだ。武_田_信_玄かよ。
で、三校の中でわざわざオレに会いに寮の門を叩いた唯一の人物が、この男だったというわけだ。「既に自由登校で、黛さんは受験勉強で寮にこもっているとお伺いしたので」とのことだ。おい、それはどこ情報だ。ソースを出せ。ソースを!
練習試合は2ゲーム行われ、2-0でうちが勝利したそうだ。全く不思議な話だぜ。勝負どころに強いってやつなのかもな、誠凛は。誠凛は3年がいなかったからメンバーの入れ替わりはなく、洛山もオレを覗いたフルメンバーがそのまま持ち上がりで、WC決勝の再現と言って差し支えなかった。負けたというのに黒子テツヤの顔は随分晴れ晴れとしていた。ご機嫌といった様子だ。聞けば、「いえ悔しいです、とても。でも次は勝ちます、一度勝ったんですから」と答えやがる。まったくあたかも少年漫画の主人公気取りだ。オレは気のない返事しかできなかった。まだこいつ相手に煮え湯を飲まされた記憶が新しい。小賢しいとはこいつのことだ。やれやれだぜ。
一体何をしにきたのかと、さっさとこの場を済ませてしまうことにした。
「……くんとは、最近話をしていますか?」
出たよ。言うと思っていた。
どうしてどいつもこいつも、あいつのことばかり引き合いに出すんだ。卒業式までほうっておいてくれるように頼んだ、と正直に言う。黒子テツヤは、淡々と続けた。
「……くんが、気にしていたので。ボクも黛さんのことは少し気になっていたんです。何せ、似たような立場ですから…と、今日はその話をしに来たわけじゃないです。黛さんはもう引退されてしまいましたし。えっと…ただ、今日の様子を見ていて少し気になって。もしかしたら、……くんがあえて言っていないのかもしれません。でも、黛さんならご存知かもしれないと思って、確認したかったんですが…。でもあれ以来話していないのだとしたら、すみません。ボクの無駄足だったかも」
随分回りくどい言い方だ。
「すみません。洛山のメンバーの人たちと、うまくいっている様子ではあったので、あまり心配はしていません。心配するような立場でもないんですけど…誰かの口から聞いて安心したかっただけなのかもしれないです」
だから、何が言いたい。
「……くんから、……くん自身のことについて、何も聞いていませんか?…たとえば」
あいつは二人いるとか、そういう話か。
オレがそう言うと、あいつは聞いておきながら目を丸くした。オレは柄にも無く心臓が早鐘を打っていた。
「やっぱり、ご存知だったんですね。ということは、洛山のみなさんもわかってる…んですよね。よかった。それだけ聞きたかったんです。ありがとうございます」
いいわけねえだろ。おまえ、解釈にバイアスがかかりまくってるぞ。
オレは黒子テツヤに聞きたいことが山程あったが、立ち上がって去ろうとする小さな背中を引き止める術を持たなかった。クソが。地味でも目立たなくてもキセキの世代はキセキの世代かよ。本当に小賢しい。
「……くん、楽しそうでした。ボク、それがうれしくて。洛山のみなさんのこと、仲間だって言ってました。良い人達に囲まれていて、黛さんのような先輩もいて、本当によかった」
黒子テツヤはそれだけ言い残して自分のチームのもとに戻っていった。
馬鹿野郎が。
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39 :
黛千尋
2016/02/12(金) 11:19
晴れ/23
なにもするきがおきなかった。
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40 :
黛千尋
2016/02/12(金) 12:14
曇り/22
幼い頃から影が薄く、オレはよく人から忘れられた。グループを作ってくれ、と言われて一人はぶられて余るなんていうことはよくあることかもしれないが、教室の隅で一人本を読んだまま余ったことにすら気づかれずに授業が終わるころに先生から声をかけられ「おまえはどのグループにいたんだ?」なんて確認されたこともあった。遠足にしろ修学旅行にしろ常に置いて行かれ忘れられる危険と戦いながらオレは生きてきた。一度自分は実は幽霊で、見えている人と見えていない人がいるのではないか?という妄想を抱いたこともある。祖父が存命の頃その話をすると、「おれの爺さんも薄い人だった」とカミングアウトされた。何だその隔世遺伝は。
多少なり寂しい思いをすることはあったが、オレは影の薄さを嘆くよりも、注目を浴びて目立っている奴を哀れんだ。学級委員に指名されたり、集まりがあれば先頭に立って舵を取ったり、そういう奴は面倒なことによく巻き込まれていた。
オレは自分がそういうことをするのに向いていないことを客観的に判断していたし、目立つよりは大勢の中に埋没する方がまだマシだと思った。そこには自由があるからな。
だから別に影の薄さに大して頓着はしていなかった。トラウマなんて呼べるようなものは、オレの人生に余り存在していない。
多重人格をはじめ、精神的な病状は主に幼少期の強いストレス、すなわちトラウマに端を発することが多いそうだ。
図書室で勉強をする合間、オレはそんな表題の本を数冊手にして、パラパラと捲っていた。
トラウマ。名家。幼少期の傷。なんでもできる完璧な才能にあふれた男。なんでもできる男。いつから。どうやって。幼少期の傷。教育。親。英才教育。勝利の渇望。勝利。敗北。トラウマ。
同じような単語がオレの頭の中を行き交っていた。
いつだったか。オレがあいつにスカウトされて日も浅かった頃から、オレはあいつの勝利への執念に違和感を覚えていた。
勝利に執着するのは何も間違ってはいない。だがあいつは勝利を求めているというよりは、敗北を恐れているように見えた。勝利は基礎代謝だと言っていた。つまり、勝利がなければ生きていけない、生存のための行為だと、あいつは常々豪語していたのだ。呼吸ができなくなることを恐れるのは、いきものであれば当然だ。
事実、あいつは火神と黒子にのされて、生気を失った。
息ができなくなった。
なにか辛いことを肩代わりさせたいとき、人は別の人格を形成することがあるという。メディアにも時折取り上げられる知名度の高い精神異常だが、その実態は不明確な部分が多い。
考えがまとまらないまま、本を閉じた。
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41 :
黛千尋
2016/02/14(日) 02:01
晴れ/21
今年のバレンタインは日曜日に控えているわけで、当然学校中の男子生徒が浮足立つのはその前々日、金曜日だった。
下駄箱やロッカーには悪ふざけの好きな男子生徒からのチョコレート募集の紙が貼られている。もちろん奴らは製菓会社の陰謀によってばらまくように売りまくられている甘くて黒い菓子自体がほしいわけじゃない。それを渡してくれる女子の気持ちと、それを受け取ったモテるオレというステータスを切に切に欲しているのだ。
皮肉かな、求めれば与えられるというものでもない。
授業に出ようと教室に向かう途中、同じように登校なさっている奴を、それはもうきゃいきゃいきゃいきゃいと色めく女性とたちが取り囲んでいた。すごいな。あんなのアニメか漫画かラノベでしか見たことねえよ。
あらかじめ準備していたらしい紙袋に受け取ったチョコレートを詰め込んでいく奴の背中を眺めていた。慇懃に礼を言い、優しい菩薩のような微笑みを浮かべている。女子にとっては申し分ない反応だろう。オレが女子でも記念にと渡したくなるかもしれない。
授業に行く気がなくなって、寮に戻った。
奴が1年かけて築き上げた様付けの立場。容姿端麗衆目美麗、バスケ部主将、生徒会長、日本に五つとない名家中の名家の一人息子。全生徒の憧れの的。改めて並べ立てるとオーバースペックもいいところだ。よくあんな奴と対等に話をしていたものだ、オレ。
オレが女子だったら。
あいつはそもそもオレに話しかけたりは一生しなかっただろう。
がんばれ女子。
名家の一人息子の隣は、ハードルが高いぞ。
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