スレ一覧
┗976.ラストバレル(42-46/50)

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42 :黛千尋
2016/02/14(日) 02:15

雨/20

朝から雨が降り注いでいた。まるでバレンタインを呪う男たちの涙にも似たそれを、オレは一年校舎の昇降口のガラス張りの扉越しに眺めていた。休日で雨だから、部活動の生徒が時折廊下を通り掛かるくらいなもので、校舎は静まり返っていた。
寮室を抜け出してわざわざ一年校舎までやってきたのは、ただの気まぐれで息抜きで興味本位で好奇心だった。
タイミング良く、女子数人がある男子生徒の下駄箱に群がっているところだった。

明日ちゃんと気づいてくれるかな。部活だから大丈夫っしょ。早く早く。

かくも女子生徒たちはいじましく、慎ましく、大胆で、オレは下駄箱の主が羨ましくないこともない、と思った。
オレは、その女子たちが居るのとは反対側の下駄箱に回って、ある名前を探した。出席番号の最初の方であろう位置にその五文字はあった。幸い(?)そこには不衛生に菓子の類が捩じ込まれている様子は無い。
モテるんだかモテないんだか、わからないやつだ。

オレは紙に印字された名前を指先でなぞった。そんな所作をしてから、割りとそれが気色の悪い行為であると気付いた。

あいつが誰かと付き合うなんてことは恐らく無いだろう。……多分。少なくとも、今すぐにということは。きっと。
いや、わからないな。
もしかしたら、教室の斜め前の席に座る、黒髪ロングの品のある女子生徒を眺めている瞬間なんてものが、あいつにもあるのかもしれない。

思考は取り留めもなく途切れなかったので、オレは溜息を吐いて寮室に戻ることにした。


おいおい。
自分が何をしてるのかわかってるのか?オレ。

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43 :黛千尋
2016/03/13(日) 00:43

晴れ/19

WCで優勝を攫い、高校ナンバーワンの座に輝いた学校は忘れるべくもない、誠凛だ。だが、現在の高校ナンバーワンプレイヤーが誰なのかと言われたら、恐らく即答できる人間はいないだろう。

候補は三人居る。
誠凛のエース、火神大我。
桐皇のエース、青峰大輝。
そしてオレんとこのヤツだ。

ポイントゲッターという意味では、うちのアレは除外されるので、上記の二人に絞られることだろう。
青峰大輝は確か火神大我と直接対決をして破れてはいるが、それだけで実力の甲乙をつけられるものではない。

バレンタインだというのに、生真面目にも組まれたらしい練習試合は、これまでと同様に執り行われていた。黒々しいユニフォームを纏った団体は、そこいらの強豪とは雰囲気が違う。勝つために各地方から優秀な選手を集めているというのだから、それも当然なのかもしれない。
最早お決まりになったのでオレは驚きはしない。図書館の窓から、体育館に吸い込まれていく黒い団体さんを眺めていた。今度は勿論、体育館に足を踏み入れるような真似はしないとも。

オレはあいつの帝光時代の話を殆ど聞いたことがない。もともと仲間とどんな関係を築いていたのかも、ましてや青峰大輝個人とどんな仲であるのかも、知る由はない。
ただ、青峰大輝のようなキセキの世代の中でも特に突出した才能を持つ人間を前にして、オレの想像では、奴は。

………嬉しかったのではあるまいか?

オレには特別扱いされるやつのきもちなんてわからない。でも、特別であるということは、誰かと違う存在であるということだ。人は、自分と同じものには共感できる。人は、自分と似た人間のそばにいると、ほっとする。
自分だけが特別なのではなく、特別な誰かが周りにいるというのは、居心地は良かったはずだ。同じレベルで物事を見ることができて、同じレベルで会話ができる。

奴のそばにいてふさわしい人間というのがいるとすれば、そういう奴なんじゃないか。
意図せずとも輝く、大きな光。

光の裏には影があるのかもしれないが、光はより大きな光を呼び寄せる。

オレは、いつかと同じように余計なものを見てしまう前に窓から目をそらした。

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44 :黛千尋
2016/03/16(水) 08:34

晴れ/18

予め言っておくが、オレはカフェなんてものが好きじゃない。

ゆっくりできるからいいじゃないか、なんていう奴もいるが、よく考えてみろ。雰囲気の良いジャズ音楽なんぞが流れていて、座り心地の良いソファでリラックスできる空間なんぞ最悪だ。そんなものは家で充分だ。さすがに挽きたての香ばしいコーヒーや口の中で溶けちゃうふわふわパンケーキは出てこないが、何時間寝転がってようが文句も言われねえし、本だって読み放題だし、誰が歌っているのかもわからないジャズではなく、耳に馴染んだ好きな曲もかけられる。しかも無料だ。

そして何より、勝手に耳に入ってくる女子の会話も存在しない。

別にそこはオレの馴染みのマスターのいるカフェでもなんでもなかった(そんなもんはこの世のどこにも存在しない)。コーヒーはただのドリップのようだったが、インテリアや食器だけは小洒落ていて、女性客が多かった。昼下がりの主婦ともOLともつかない不思議に若い女達は、暇を持て余すように、鳥のように顔を突き合わせておしゃべりに夢中になっていた。
よくもそんなに喋ることがなくならないもんだと、クラスの女子を見ていてもよく思う。黛ノリわる〜い、と時折オレをからかった女子は概ね正しい。女子が持ち合わせているような素晴らしい同調能力なんぞ、オレには生涯身に付かないだろう。

そんなことはどうでもいいんだ。
ありふれたカフェの風景の中でオレが読んでいたラノベの文字を追うことより、漏れ聞こえる後ろの席のお喋りに聞き入ってしまったのは、その内容が興味深かったからだ。

後ろの席だから女の顔は見れないが、どうやら二人組で、片方は既婚者のようだった。話の内容は結婚生活の悩み。
女は気だるげで落ち着いた、ハスキーだがキーの高い聞きやすい声で淡々と語っていた。

あの人は優しい。だけど、時々叱られたくなる。もっと…。打ったりしていいのに。

できた夫に愛されて満たされている心と、少し不満に思う心を吐露していた様子だったが、打たれたいとは穏やかじゃない。漫画にでも出てきそうな台詞にオレはなんでもないふりをしながらラノベのページをめくった。

私が他の男に色目を使ってもなんにも言わないし…はあ…罵られたい…。

この女はマゾヒストではないのか?女の声に恍惚の溜息が混ざり始め、オレは無意味にコーヒーをスプーンで混ぜた。混ぜたところで気づく。ブラックコーヒーを混ぜる必要など無い。
オレは別に、人の性癖にケチをつけるような趣味は無い。どうせ個人間でしか行われない行為に対する欲求だ。好きにすればいい。ただオレが気になったのは、この女がどんな顔をして己の欲求を語っているのかということだ。気になるだろ、そりゃ。にんげんだもの。
女はオレの席の真後ろで、二人席のテーブルは縦列で壁際に並んでいる。よって、オレが振り返っても女の顔は見られない。女が席を立つか、オレがトイレに立って戻るときに女の顔は見れるはずだ。

がんばれオレ。なんのための影の薄さだ。ちょっと席を立って戻るだけだ。ディープファイ!

オレが無意味な覚悟をしている間に、女はあらぬことを口走り始めた。

でもね、この間旦那が私のお尻を――

尻。尻だと。穏やかじゃない。まてまて、こんな小洒落たカフェで何を言うつもりだ。おまえの後ろには受験を控えるド健全な高校三年生が座っているんだぞ。

オレの頭上から甲高いオネエの声が降ってきたのはその直後だった。

「あら、やっぱり黛さんじゃない。外から見えたから、来ちゃった♡何、デートか何かの待ちあわせ?なわけないわよねえ、そんな険しい顔して。アラ何、どうしたの?お腹痛いの?」



ちなみに。
オレは、父親と待ちあわせていた。こっちに来るから飯でも食おうと言われて適当に時間潰しをしていただけだ。


会話が途切れた後ろの女達の視線が実渕に注がれているのを感じる。ついでに店内も不自然にざわついている。オネエめ。貴様はどんな性癖をしているというんだ。


結局、尻がどうしたってんだよ!

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45 :黛千尋
2016/04/15(金) 15:47

晴れ/17

結局喫茶店の女が尻をどうされたのかはわからずじまいのままだ。もやもやする。

そんなことはともかく、オレは寮室のベッドの上に居座るオネエの気配を隣に感じながら、あいも変わらず黙々と勉強をし続けていた。受験生だぞ。勉強以外にすることなどあるものか。告白イベントもスルーしちまったしな。

なぜ実渕がいるのかなど知らない。名目上は、「調理実習でクッキー作りすぎちゃったの、おすそ分けするわ」ということだった。そんなはずがあるものか。ヤツが常につるんでいる葉山小太郎と根武谷永吉は、そんな食料の匂いを嗅ぎつけたら余すことなく平らげてしまうはずだった。
つまり、オレに用事があるのだ。それをすぐには口にできない程度には重要なことらしい。

過去問を1回分終了させて、いつの間にか持ち込んだらしい紅茶なぞを啜っている実渕を一度横目で見た。黙っていれば美青年だ。黙っていれば。
次の問題にとりかかりながら、オレはあらぬことを口にした。オレの口は、思考と直結しているんだか乖離しているんだか、これでも10年と数年そこそこは生きているんだが、全くわからない。おまえ、好みのタイプってどんななんだ。と。そんな高校生のようなことを言ってしまった。

「可愛い子は好きよ?性格なら、面倒臭いコが好きかしら」

意外にも実渕はしれっと答えた。オレに持ってきたはずのクッキーが砕ける音がする。おい、残しておけよ。
面倒臭いといってもいろいろある。オレは脳裏に真っ先に浮かんだ人物を打ち消した。

「あなただって、振り回されるの大好きでしょう?」

実渕と目が合った。睫毛がこれでもかと主張する両の目が、猫のように細まっていた。綺麗だと思う。オレはどんな表情をしていたのだか知らない。別に意識していなかったから、無表情だったんだろう。実渕はすぐにつまらなさそうに目を逸らした。

あの詩集、読み終わったのか。
途中で飽きちゃったの。

そんな言葉を二、三交わして、やがて実渕は部屋を後にした。

何しに来たんだよ。
オレの口調にはやや苛立ちが入り混じっていたんだろう。実渕は肩を竦めて、テーブルに数枚残っているクッキーを指差した。

「食べてくださいね」

舌打ちをした。
後輩ぶんじゃねえよ。

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46 :黛千尋
2016/04/30(土) 17:38

晴れ/16

オレは自分が大好きだ。

と言うと誤解されがちだが、別に自分が特別美しいだとか、優れているだとか思っていて、その美点を愛でているわけではない。自分の容姿も能力も性格も、これでも十数年付き合い続けている程度には知悉しているさ。
オレが重要視するのは、自分が気持ちいいかどうか、それだけだ。自分は自分にとって何よりも特別な存在だからな。快適な環境を求めるのは当然だろ。 

だからバスケ部を辞めた。
つまらないからだ。
どれだけ努力しても、結局才能のある奴らに抜かされていく。同学年の奴らにすら追い抜かれ、後輩からも押し上げられる。
スポーツの世界なんて、所詮才能だ。そこに人格なんて関係ないし、才能があれば黙っていても見出される。そもそも才能のある奴だからこそ相応の努力をするんだろ。
跳び箱の五段も飛べないような奴が、大会を目指して勝とうなんて思わないだろ。
時間の無駄だ。

オレには才能がない。
そこそこの年数やってみてそうだったんだ。やってみなけりゃわからない、なんて言わせるつもりもなかった。

それを覆したのは、あいつだった。

オレに才能があったわけじゃない。
ベルトコンベアの前に立たされて、このパーツを組み上げてみろと言われただけだ。
すると、それなりの形になった。
オレに才能があったわけじゃない。頭がいいのは、そのパーツと組み合わせを考えたやつだ。

オレはこの武器があれば、どの大学に進学してもそこそこバスケをやれるだろう。なにせ名門の洛山で5番を張れたんだからな……。

………大学のパンフを眺めながら、そんなことを考えた。

バスケは、やってもいい。
でも、すぐにはやりたくない。

あいつには、一日たりともサボるなと言われた。
一日トレーニングを怠ると、取り戻すのに一週間かかると。なるほど、当時のオレには、そんなロスをしている時間もなかったしな。

バスケをやってもいい。
黒子テツヤの顔が思い浮かぶ。

あいつも、バスケ続けるんだろうな。

あいつは?
続けるんだろうか。いつまで。

知るすべも無い。

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