互いに別の地で活動をしていると、なかなか、 なかなか都合良くその日のうちには会えないもので、 少し早い日取りで彼に愛の贈り物を届けた。 こちらへ来て知り合ったひとに教えてもらったのだけどね、 王妃も愛したお菓子だそうだよ。 まぁ……影片の苦手とする材料が使われていたから、 だいぶ僕自身のアレンジを加えたけれど。 それから、あまりにも普段『僕の手料理が恋しい』と メッセージを送ってくるものだから、日本に着いて早々に 寮のキッチンで幾らか保存の効くものを拵えた。 まったく……折角食事の面倒も見てもらえるように寮へ放り込んだのに 文句を言って食べるのを控えていては意味がないのだよ。 僕はね、君のことをこれだけ考えて数日前から準備を進めていた。 なのに……君ときたら、手作りだとかいうケーキを置いてきてしまって。 君の頭は相変わらず空っぽなのだろうね。 少しは僕のことを詰めたまえよ。 取りに行くように促しても押さえている時間の都合があるから、と 押し切られてしまうし。 後から取りに帰ってはくれたけれど、どうしてあの子はこうなのだろうね。 早く僕が居なくとも大丈夫と思えるような、 そんな一人前の人間になって見せて欲しいのだけれど。 これでは安心して夜眠ることもできやしない。 |
僕らだけが立ち入ることのできる花園で、 色とりどりの花を咲かせていた。 交互に水を与え、より美しい花が咲くようにと手入れをして。 そうして幾つも咲かせた花がある。 花というものは盛りが過ぎれば終わってしまうものだ。 それでも、その花園を訪れれば僕らが育てた花の影を見ることができた。 そのガーデンに火を放ったのはあの子。 花盗人は罪にならないとは言うが、火付けはどうだろうね。 半分はあの子のガーデンだ。 けれども僕の、僕のものでもある。 あれだけ愛した花たちを、僕は忘れてしまう。 花を愛する心など、持たなければ良かったね。 Hearts will never be made practical until they are made unbreakable. That's really true. But I still want one. |
帰りがけ、借りているアトリエの管理人に呼び止められた。 彼女は元々の気質が世話焼きなのだろうか、度々僕にかまけてくる。 母とも姉とも性質の違う女性の扱いはとても難しい。 僕はきちんと食事も摂っているし、偏ったものは食べていないし、 母国の家族にも度々連絡は入れているよ。まったく。 日本人は必要以上に若く見られると言うが、 その所為で子どもにでも見られているのかね。 そんな彼女から〘Ta princesse〙へあげて、と花束をもらった。 〘彼〙は僕の〘Un nounours〙ですよ。 驚きもせずにくまちゃんね!素敵!今度紹介して、と笑う彼女にお礼を伝え、 自分の部屋で活けなおした花の写真を影片へ送る。 さて、どう反応を返してくれるやら。 |
僕よりも先に夢の世界へ旅立ってしまった君の顔を眺め、 手元を照らすライトが眠りの妨げにならないよう身体で影を作る。 小一時間ほど経った頃だろうか、 不意に後ろでひとが動く気配がした。 「……まだ夜中だよ。寝ていなさい。」 #「んあ……お師さん、お洋服つくっとるん?」 「そう。」 背中に温もりを感じる。 振り向かなくとも、ぬくいベッドからわざわざ離れ しなやかな肢体を僕へ寄り添わせにきたのだと分かった。 #「マド姉ぇもさむくあらへんねぇ。えへへ。」 「どうして君が嬉しそうなの。」 #「おれ知っとるから。」 #「お師さんが作ってくれるお洋服あったかい。」 「僕が君へ拵えるのは衣装であって、 暖かさを得るためのものとは性質が違うのだけど。」 #「でもおれお師さんのお洋服知っとるんよ。」 #「みかもさむないね。」 「……さては君、寝ぼけているね?」 机上のスタンドライトの明かりを消して眠たげな人形のほうへ振り向く。 彼は夢の世界から半分戻れていないような表情をしていた。 今日の作業はこの辺で終いだね。 #「みかあったかい。」 腕の中で鈴を転がすように笑う声がした。 |
僕も彼に愛されたいと、愚かにもそう思ってしまうね。 脳が焼け付くほど熱く。 唇を踊らせて。 身体へ詩を残して。 ……どうかしている。正気の沙汰ではない。 ただ、ほんの少し彼が羨ましかっただけだ。 他を羨むなど僕にとっては有り得ないことなのだけど。 羨望は心の調律を乱して 神から人間へ与えられた崇高な言語さえも奪うのだから始末におえない。 |